- 東京スカイツリー
展望デッキ
- 男
- 地上350mで食べるソフトクリームって最高だね
- 女
- 足がすくむけど、美味しいね
- 男
- 足がすくむのって生体防御反応の一つらしいね
- 女
- 生体防御反応?
- 男
- 自分を守るために人間に備わっている仕組みのこと
- 女
- 蕁麻疹みたいなやつ?
- 男
- ああ、免疫反応も生体防御の一つだよね。だから、高い所で足がすくむのは、
死ぬことを防ぐための防御反応だから、いいことなんだよ
- 女
- じゃあ、美味しいって感じることもきっといいことだね
- 男
- あ、そうだね。食べることは生きることだもんね
- 女
- これなら生きるためにいくらでも食べられる
- 男
- そんなにソフトクリーム好きだったっけ
- 女
- いや、口内炎が沁みないからだけど
- 男
- 口内炎できてるんだ
- 女
- 昨日の夜から、急に
- 男
- え、昨日の夜から? 急に?
- 女
- あ、いや、そういうことじゃないから
- 男
- 防御反応出てるよね
- 女
- いや、今日すごく楽しみにして来たから
- 男
- 体がチクっちゃってるよね、本当の気持ちを
- 女
- チクってないよ。あ、アレ、どうなったの?
- 男
- 何?
- 女
- 就職活動
- 男
- ああ、調べてはいるんだけど、ライブが忙しくて
- 女
- 歌手の方は上手く行きそうなの?
- 男
- 地道な活動を続けていくしかないね
- 以降、女の声が変な声になって行く
- 女
- 年齢が上がれば上がるほど就職しにくくなってくるからねー
- 男
- まあ、就職すると、音楽にかける時間が少なくなるからなー
- 女
- アルバイトしながら続けるの?
- 男
- やっぱ、そうするかもしれないねー
- 女
- 就職しながらでも出来るんじゃない?
- 男
- ねえ、真紀ちゃん
- 女
- 何?
- 男
- 出てるよ
- 女
- 何が?
- 男
- 防御反応。声がおかしくなってる
- 女
- え、うそ。自分では分かんない
- 男
- いや、おかしいおかしい!
- 女
- そんなにおかしい?
- 男
- あ、ひょっとして俺のこと不安なんでしょ
- 女
- え、何が?
- 男
- 安定していない男とは、将来のことが考えられないって思ってるでしょ
- 女
- いや、思ってないし
- 男
- 出ちゃってるから、声に
- 女
- 勝手に判断しないでくれる?
- 男
- 俺とこれ以上一緒に居たくないからそんな声になってるんでしょ
- 女
- ちょっと待って? 私の声じゃなくて、あなたの耳じゃないの?
- 男
- え?
- 女
- 防御反応が出てるの、あなたでしょ
- 男
- 俺が何を防御するんだよ
- 女
- 私と一緒にいたら、歌手を目指す気持ちに陰りが出ると思ってるんじゃないの?
自分を守るために、あなたの耳が私の声をおかしくしているんじゃないの?
これ以上一緒に居たくないと思っているのは、あなたの方じゃないの?
- 女の鼻からジリリリリリリと非常ベルが鳴る
- 男
- ねえ、真紀ちゃんの鼻の穴から非常ベルが鳴ってるんだけど
- 女
- 何で鼻から非常ベルが鳴るのよ! 防御反応出過ぎじゃない!?
- その音はそのまま、目覚まし時計の音に変わる
ベルの音が止まる
- 女
- おはよう。ねえ、大丈夫? だいぶうなされていたけど
- 男
- ああ、高熱の時はいつも悪夢を見るんだ。生体防御反応だよ。
寝たまま死んでしまわないように起こしてくれるんだ、悪夢が
- 女
- その話、懐かしい
- 男
- ああ、そうだね
- 猫の鳴き声
- 男
- もう大丈夫だよ、ありがとう
- 猫の鳴き声
- 男
- 懐かしい夢を見たんだ。
あの時、あのまま、真紀ちゃんと付き合っていたら、
俺、歌手になっていなかったもしれない。安定した職を求めて必死になっていたかもしれない。でもさ、最近、君が真紀ちゃんに見える時があるんだ
- 猫の鳴き声
- 男
- 生体防御反応かなぁ。でも、結婚って防御反応でするもんじゃないよねえ
- 女
- そうだよねえ。それに、私もう結婚してるから
- 男
- えっ!!
- 女の鼻からジリリリリリリと非常ベルが鳴る
- 終