- 区役所。
- 女
- 番号札、三十四番の方、どうぞ。
- 男
- あのー、すみません。恋愛給付金の窓口は、こちらですか。
- 女
- はい、どうぞ、おかけになってください。恋愛給付金の受け取りですね。
- 男
- あ、はい。三月から、受け取れるって聞いたので。二万円。
- 女
- そうですね。恋愛をしている方に向けての定額給付となります。
- 男
- 最近は、草食系男子とかも、多いですもんね。結婚率も下がってるし。
- 女
- そうですね。交際証明書をお持ちか、本日交際届を提出なさいますか。
- 男
- あ、いえ、交際は、してなくて。
- 女
- それでは片思いですかね。
- 男
- あっ、片思いだと、だめでしたっけ。
- 女
- いえ、目的は恋愛の推奨ですから、片思いでももちろん大丈夫です。
 片思い届けをご提出いただいた上で、給付の受け取りが可能となります。
- 男
- 片思い届け。
- 紙をめくる音。
- 女
- 本日、身分証明書はございますか。
- 男
- あ、はい。
- 女
- こちらに相手の氏名、年齢、住所などをご記入いただきまして、印鑑を、
- 男
- あっ、えっ。相手の氏名ですか?
- 女
- あ、おわかりになりませんか。
- 男
- ちょっと、あのー、今はまだ、わからなくて。
- 女
- そうですかー。恋愛省のガイドラインでですね、
 相手の氏名をご提出いただけない段階だと、それは恋愛状態ではないとされておりまして。
- 男
- あー。
- 女
- 住所や年齢であれば、後日の提出でも構わないんですけど。
- 男
- そうですか……。
- 女
- 失礼ですが、一目ぼれか、なにかですかね。
- 男
- そうなんです。
- 女
- で、ありましたら、勇気を出してお名前を聞いてみてはいかがでしょうか。
 恋愛給付金の意義、恋愛省が推奨しているのも、その第一歩を踏み出すことですから。
- 男
- そう、ですね。二万円、欲しいですし。
- 女
- ちょっと動機が不純ですけど。
- 男
- あの……、お名前を教えてくれませんか。
- 女
- え、私ですか?
- 男
- はい。
- 女
- 私、山本と言いますけど。
- 男
- 山本さん。山本、ナニさんですか。
- 女
- わ、私の名前なんて聞いたって、しょうがないでしょう?
- 男
- 教えてください。名前、記入させてください。
- 女
- さ、さおり、です。
- 男
- 山本さおりさん。ご年齢は。
- 女
- 二十、四歳です。
- 男
- 住所は。
- 女
- そ、それはもうちょっと、知り合ってからで……。
- 男
- では、このあとお茶でもどうですか。
- 女
- 五時以降なら……。
- 男
- ありがとうございます。はい、これ、書類、提出します!
- 女
- じゅ、受理いたします……。
- 男
- やった! よし、これで二万円がもらえる! ウルァ!
- 女
- ……受理、やめます。
- 男
- え、なんで。
- 女
- 二万円で喜びすぎです。
- 男
- だって、二万円ですよ?
- 女
- お茶で喜んでください。
- 男
- え?
- 女
- さおりとのお茶で喜べよ!
- 男
- いや、でも二万円……。
- 女
- おい、なんだこいつ!
- END