娘が料理をしている。包丁の音。
お父さん、ごはんできたよ。
うん。
ゴミ箱みたけど、最近レトルトばっか食べてるでしょ。
父親、居間からガレージへこっそり向かう。
わたしもさ、たまにしか来れないからさ。お父さんも自炊とかさ。
父親、ガレージに着くと、車のドアを開け、エンジンをかける。エンジンの音。
(鼻歌)
と、娘、ガレージへやってくる。
お父さん!
な、なんだよ。
父親、あわてて車から降りる。
また乗ろうとしたでしょ、車。
してないよ。
じゃ、なんで車に鍵ささってんの。
……(鼻歌)
お父さん、何回も言ってるけど、危ないんだよ。大丈夫だって思ってるかもしれないけど……
みんなそう思って、事故っちゃうんだから……!お父さんももう若くないんだから、
老人扱いするなよ!
そういうこと言うとこが老人だもん!
と、父親のケータイが鳴る。父親、取らない。
とらないの。
いいんだよ。
知ってるから。
え?
知ってるから。……今日、デートなんでしょ。
……
……お母さんが好きだった車でしょ……いやだよ。
……ごめん。
……(驚く)
そうだよな……よくなかったよな……。
お父さん、
たのむ! お前の車貸してくれ!
え?
市川さん、わかるだろう、3丁目の。
そこのお母さん、父さんと母さんと高校いっしょで。マドンナだったんだよ!
これから息子さんと一緒に住むらしくて。町内会の掃除で偶然再会したんだけど、
バスで行って!
娘、出ていく。父親のケータイが鳴る。
はい、市川さん!……あの、車の方がですね……。ええ、娘に止められちゃいまして……。
え、市川さんも?息子さんに?ははあ……。早いもんですね、卒業してもう50年ですか。
うちでもよく市川さんのことは話題に出てましたよ。
……はい、あなたは、うちの家内の、自慢の生徒でしたから。
いやあ、僕だってまさか先生と結婚するなんて思ってなかったですよ。
たまたまディーラーで再会して……僕が車を売っててね、彼女が買いにきて……
ふしぎですね、自分が若い頃は、老人は危ないから運転するなって、本気で思ってましたよ。
危ないからやめてって言ったら、「老人扱いしないでよ」、なんて妻に言われて……。
でも自分がこの年になると、じゃあこんな寒い中歩けると思ってるのかって
言いたくなったりして……。
じゃあ、バスでいきますか……墓参り。
どうもありがとうございます、わざわざ……。