- 男
- あの日、あんた、傘とどけてくれただろ。
- 女
- うん。
- 男
- それが嬉しかったんだ。そのう、あれだ。こう・・・嬉しかったんだよ。
- 女
- わたしも同じよ。だって、電車で見つけた傘を、なくした人に、渡せたんだもの。
- 男
- すごいよな。
- 女
- すごいよ。
- 男
- その日な、あの駅にいくまで、いろいろあったんだ。
- 女
- そう。
- 男
- だからさ、その日、あんたが、傘を渡してくれるまで、こう、いろいろあったんだよ。
- 女
- そうなの。
- 男
- しんどいこととか、つらいこととか、嬉しいこともそりゃちゃんとあったけども、
 全体的にいうと、しんどいことのほうが、ちょっと上だったんだな。
- 女
- ふうん。
- 男
- そこに、あんただよ。現れたんだよ。ジャーンと。
- 女
- わ、ヒーローみたい。
- 男
- うんまあそんなもんだよ。
- 女
- えへへ。
- 男
- もう、40になるよ。俺。
- 女
- うん。
- 男
- 40年間、生きてきてさ、無くした傘をさ、届けてもらったこと、なかったんだよ。
 あの日まで。あんたが現れるまで、な。
- 女
- なんだか照れますね。
- 男
- 俺も照れるよ。
- 女
- えへへ。
- 男
- えへへだよ。そうだよな、えへへだ。これは、なんというか「えへへ案件」だ。
- 女
- へんなの。で、まだ、この話は続けますか?
- 男
- 続けさせてくれ。 タイミングっちゅーもんが、あってだな。あれだよ、言うべきときはだな、
 あれだ、ちゃんと言わねばならぬのだ。あれ、でも、あれ、時間?
- 女
- 大丈夫。今日の時間は確保してるから。それをデートっていうんでしょ。
- 男
- それは、どうも、デートのほう、毎度ありがとうございます。
- 女
- どういたしまして。ほんとどうしたの。 今日はへんよ。
- 男
- へんではない。
- 女
- はい。
- 男
- きっかけは、傘なんだけども。あれは、ボクの人生のなかの、一番のラッキーでした。
- 女
- ラッキー?
- 男
- そうとしか言えない。あんたが現れたことは、ボクの人生のなかの、一番のラッキーなのだ。
- 女
- ラッキーなヒーローなのね。わたし。
- 男
- そうです。
- 女
- なんだかすごい人になったみたい!
- 男
- 俺の中では。
- 女
- 普通のOLなのに。
- 男
- 俺の中では普通ではない。
- 女
- そうなの?
- 男
- あんたは無敵だ。
- 女
- すごいことになってる!
- 男
- あんたといれたら、俺は無敵だ。
- 女
- おおお・・・すごい展開に・・・
- 男
- いや、マジで言ってる。俺はマジで言っている。
- 女
- はい。
- 男
- そのう、だからですね。そのう、あれなんですよ。だからですね。あのう。
- 女
- うん。
- 男
- ボクあ、たいした人間じゃないけれども、たいした人間じゃないからこそ、
 いや、そのう、あのう、だからだ!!
- 女
- どうしよう、私から言えそうな気もするけれど、どうしよう。
- 男
- いや! ここは。ここはヒーローの出番ではない!ここは俺がヒーローな!なっ!
- 女
- はい。
- 男
- だから、そのう、あれだ。あれなんだよ。
- 女
- はい(笑う)   
- 男
- だから、あれなんだ!がんばれ俺!
- 女
- ちゃんと時間は確保してます!
- 男
- それはどうも毎度ありがとうございます!
- 女
- はい!こちらこそ!
- 男
- それでだね。だからだね、あれなんだ、あれなんだよ・・・
- おわり。