- ミツコの部屋。ロマンティックな夜。
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- 男
- 凄い並んでたね、今日も。
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- 女
- うん。
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- 男
- みんな勘違いしてるよ。
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- 女
- してない。
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- 男
- あんなさ、満面の零れる笑顔で牛丼出さないよ。普通の牛丼屋は。普通の店員は。
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- 女
- 仕事じゃん。
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- 男
- 仕事でも。やっていい笑顔とやっちゃいけない笑顔があるんだって。
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- 女
- 感情のないマニュアルに支配された店員にはなりたくない。
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- 男
- やめてほしい、牛丼屋。
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- 女
- なんで!
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- 男
- 耐えられない。
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- 女
- 何言ってるの。
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- 男
- 客完全にミツコ狙いだよ。男ばっかじゃん。
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- 女
- 牛丼屋だし。
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- 男
- あんなに並ぶ牛丼屋見たことない。
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- 女
- 全国接客選手権優勝ってのが、宣伝になってるんだって。
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- 男
- あれは、でも、ミツコに会いたくてミツコとお会計のやりとりしたくて、押し寄せてる客だよ。
客と店員としてでなく、男と女として。
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- 女
- お店の売り上げ上がってんだから。いいじゃん。
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- 男
- 手段を択ばないってこと。
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- 女
- はぁ?
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- 男
- 風俗と一緒だよ。
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- 女
- …かもね。
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- 男
- 開き直るんだ。
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- 女
- 女を武器にしてないと言い切れるかというと、自信ない。
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- 男
- 牛丼屋、やめてほしい。やめられないなら、…僕と別れて。
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- 女
- え。
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- 男
- 本気で聞いてる。牛丼か、僕か、だよ。
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- 女
- わかった。…別れる。しかないんでしょ。
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- 男
- 簡単に牛丼を取るんだね。
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- 女
- 簡単じゃない。ちゃんと比べた。トオルのこと大好きだもん別れたくない。
トオルは私の接客をだれよりも先に好きになってくれたし応援してくれた。
毎日来てくれたよね。1日2回、週に6日、私がいる限り、トオルは現れた。
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- 男
- うまいんだもん。ミツコの牛丼。
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- 女
- 私作ってないよ。
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- 男
- わかってる。
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- 女
- 私のこと好きだから、美味しいって思うんじゃない。
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- 男
- 違う!
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- 女
- ほんとうに。
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- 男
- 好きだから旨いんじゃない!
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- 女
- え。
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- 男
- 旨いから、好きなんだ。
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- 女
- トオル。
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- 男
- 旨いから…好きなんだって。
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- 女
- (涙ぐむ)ありがとう。
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- 男
- やっぱり、続けてほしいよ。
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- 女
- やめない。
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- 男
- でももう行かないからね。ミツコの牛丼屋。ほかの牛丼屋に行く。
3年ぶりのミツコ以外の牛丼。どんな味がするんだろ。
いやもしかしたら僕が行くのはもはや牛丼ですらないかもしれない、パエリアとかかもしれない。僕は我慢するよ、ミツコの牛丼屋じゃないお店の接客を受けるんだ。ミツコは我慢できる?
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- 女
- わからない。
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- 男
- 僕にはできない。ミツコにたくさんの僕じゃないお客が群がること。
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- 女
- そんなんじゃ、客と店員として成り立たないでしょ。
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- 男
- 客と店員として。
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- 女
- なに。
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- 男
- なら、ひょっとして、客と店員として、じゃなかったら、成り立つ?
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- 女
- え。
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- 男
- 客と店員との関係をやめて、客と店員として女の部屋に遊びに来たりするのやめて、
客と店員としてベッドを共にするのもやめて、客と店員じゃない関係になって、
客と店員じゃない関係で、そういうふうにする関係に、なってみるってのとか、どうかな。
ミツコ。
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- 女
- …ほんとまわりくどいよぉ。
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- おしまい。