- 弟
- 拝啓。東さん。僕はあなたのことは名前しか知りません。
- 姉
- あ、もしもし、東さん? 私。ごめんなさい、少し遅れそう。
- 弟
- 僕の姉さんの恋人。東さん。
- 姉
- ゆうー。行ってくるね。あ、鍵忘れた ! あはは。
- 弟
- あなたとお付き合いしだしてから、姉はなんだか明るくて。
前よりずっと明るくて。
- 姉
- 晩御飯も食べてくるから。フランス料理だって。ふふふ。豪華でしょ。
- 弟
- 感謝してます。姉を選んでくださって。
- 姉
- いってきまーす。
- 弟
- あ、いや、選ぶとか選ばれるとか、きっとそういうんじゃないですよね。
うん。きっと。
- 姉
- ゆうー、きいてるのー? あ、かばん !(笑う)
- 弟
- 土曜日の朝、あなたに会うといって姉は飛び出していきました。
パールのイヤリングを片方、玄関に落としていったけど、気づかないまま行きました。ご存知かと思いますが、姉はしっかり者です。普段は絶対気づくんです。
でも、その日は気づかなくって。
- 夜。ガチャ。扉あく。
- 姉
- ・・ただいま。
- 弟
- 夜、姉は帰ってきました。少し疲れた顔で。
- 姉
- あのね。
- 弟
- 東さん。弟の勘ですが、あなたはあの日、姉にプロポーズしましたね。
- 姉
- ゆう。あのね。
- 弟
- これも勘ですが、姉は断りましたね。
- 姉
- 東さん、タイにいくんだって。
新しく支店ができるから、そっちに行くんだって。すごいよね、
- 弟
- はしゃいで姉は言いました。
- 姉
- 今月末に行くって。急だよね。ほんと急。
- 弟
- それから、
- 姉
- あ !イヤリング ! かたっぽない!落としたんだ。大事にしてたのに。、、、もう !!
- 弟
- イヤリングをどこかに落としてきたと、泣きました。さんざん泣きました。玄関でひろったよって教えればよかったのに。なんだか言えなくて。言えなくて。その日から、姉はあなたの名前をださなくなりました。
- 朝。
- 姉
- ゆうー。母さんと父さんにお花買ってきといてね。行ってきます !
- 弟
- 姉は、今朝も元気に出社しています。でも、なんだか、やっぱり、
- 姉
- あ、今夜は炊き込み御飯だから。スイッチいれといてよ !
- 弟
- なんというか。
- 姉
- ゆうー、聞いてるの。炊飯器、スイッチいれてね。忘れちゃだめよ!
- 弟
- 空元気ってやつで。
- 姉
- 大丈夫? 忘れないでよ !
- 弟
- 東さん。弟からの一生のお願いです。
姉を盗みにきてくれませんか。僕から盗んでくれませんか。
奪ってかっさらってタイでもどこにでも連れてってくれませんか。
- 姉
- いってくるから !
- 弟
- 姉の、いってきますの声も、ただいまも、おはようも、ごはんできたよも、
ぜんぶ、もってってください。イヤリングだけは、かたっぽもらっておきます。
東さん。どうぞ姉をよろしく。
- 姉
- ゆうったら。きいてるの?
- 弟
- ちゃんと聞いてるよ。大丈夫だよ。
大丈夫だから、さっさといってこいよ、ねえちゃん。
- 姉
- もうっ。いってきます!
- ドアしまる。
- 弟
- 姉をよろしく。
- おわり。