電車が滑り込む。
それじゃあ、また
くるりと君は背を向ける。
あ! あのね。
すぐに振り返る。
えっとね。
うん。
なんでもない。
そう。
なんかない?
え?
ないよね。
うん。
だよね。
くるりと君は背を向ける。僕は、その電車を投げてしまいたい。
ゴゴゴゴゴゴ。
男は大きくなる。
僕の手が大きくなる。指先が膨らんで、第二関節、第一関節、手のひら。
腕に空気が入る。はじけそうだ。肩が横にぐんとのびて、とたんにホームの屋根を頭がつきやぶる。顔をあげると、ビルの屋上。遠くに川。鳥がほほにぶつかる。
僕は電車をつかんだ。ネックレスみたいにぶら下がる車両。
君はそんなことしらぬ顔で、赤いシートに座ってる。
言いたいことがあるんだ。君に。四年分ぐらい。でも言えない。
僕の心は、ちっぽけだ。
このまま電車ごと投げてしまいたい。
僕の見えないところまで、君ごと投げてしまいたい。
振り返る。電車の窓から、君を見る。
きょうも、君は、真っ赤な顔で、うつむいてる。
女、写真をとる。
気づいてくれればいいのに。
ゴゴゴゴゴゴゴ
キラキラした音楽
腕がのびて、電車の窓ガラスを割る。バリンとはじけてキラキラ光る。
割れた窓を潜り抜け、驚く君の手をとって、ホームを飛び降り、走り出す。
はためくスカート。君のナイキのスニーカー。
線路ぞい、フェンスをかるがる飛び越えて、ふたり。
屋根をとび、ビルをこえ、飛行機のおなかにキスをする。
どうして言えないのかしら。
電車の発車音。
男女
走る。走る。電車は走る。
君をのせて。
君を残して。
男女
走る、走る、電車は走る。
君を乗せて。
君を残して。
おわり