- 男
- 電車が滑り込む。
- 女
- それじゃあ、また
- 男
- くるりと君は背を向ける。
- 女
- あ! あのね。
- 男
- すぐに振り返る。
- 女
- えっとね。
- 男
- うん。
- 女
- なんでもない。
- 男
- そう。
- 女
- なんかない?
- 男
- え?
- 女
- ないよね。
- 男
- うん。
- 女
- だよね。
- 男
- くるりと君は背を向ける。僕は、その電車を投げてしまいたい。
- ゴゴゴゴゴゴ。
男は大きくなる。
- 男
- 僕の手が大きくなる。指先が膨らんで、第二関節、第一関節、手のひら。
腕に空気が入る。はじけそうだ。肩が横にぐんとのびて、とたんにホームの屋根を頭がつきやぶる。顔をあげると、ビルの屋上。遠くに川。鳥がほほにぶつかる。
僕は電車をつかんだ。ネックレスみたいにぶら下がる車両。
君はそんなことしらぬ顔で、赤いシートに座ってる。
言いたいことがあるんだ。君に。四年分ぐらい。でも言えない。
僕の心は、ちっぽけだ。
このまま電車ごと投げてしまいたい。
僕の見えないところまで、君ごと投げてしまいたい。
- 女
- 振り返る。電車の窓から、君を見る。
きょうも、君は、真っ赤な顔で、うつむいてる。
- 女、写真をとる。
- 女
- 気づいてくれればいいのに。
- ゴゴゴゴゴゴゴ
キラキラした音楽
- 女
- 腕がのびて、電車の窓ガラスを割る。バリンとはじけてキラキラ光る。
割れた窓を潜り抜け、驚く君の手をとって、ホームを飛び降り、走り出す。
はためくスカート。君のナイキのスニーカー。
線路ぞい、フェンスをかるがる飛び越えて、ふたり。
屋根をとび、ビルをこえ、飛行機のおなかにキスをする。
どうして言えないのかしら。
- 電車の発車音。
- 男女
- 走る。走る。電車は走る。
- 男
- 君をのせて。
- 女
- 君を残して。
- 男女
- 走る、走る、電車は走る。
- 男
- 君を乗せて。
- 女
- 君を残して。
- おわり