- 男
- 医学的には、恋。
- 女
- 医学的には、恋。
- 男
- だそうですよ。
- 女
- らしいですね。
- 男
- とても、そうは思えませんが。
- 女
- ええ、あたしも。
- 男
- 脳の中で、ある種の成分が分泌されているようですね。
- 女
- ええ。病気のようで、病気ではない、と。
- 男
- あなたを見ると胸が高鳴って、すごく抱きしめたくなる。
- 女
- そんなことを言われると、身体が熱くなって頬が赤く染まってしまう。
- 男
- でも。
- 女
- でも。
- 二人
- 好きじゃないんですよねぇ。
- 男
- 申し訳ないんですけど。
- 女
- いえ、こちらこそ。
- 男
- しかし、参ったな。あなたのことを考えると、
仕事が手につかなくなるので病院に来たんですけど。
- 女
- あたしも、同じです。あなたと出会って以来、あなたのことばかり考えてしまう。
- 男
- どうしたものですかね。
- 女
- 心と身体が全く違う反応をしているようで、なんだか気持ちが悪いんです。
- 男
- ええ。そりゃ恋だと言われてしまえば、そういうものかもしれませんが、とは言え…。
- 女
- あの、お薬は。
- 男
- えぇ、処方されました。ただ、飲むか飲まないかはお任せしますと。
- 女
- あたしもです。あくまでもこれは恋であって、病気ではないから、
本来なら飲む必要はありませんがと、注意を受けました。
- 男
- でも、飲んだ方がいいですよねぇ。
- 女
- そうですよねぇ。
- 男
- 飲みますか。
- 女
- 飲みますよねぇ。
- 男
- じゃあ、飲みます、ね。
- 女
- あ、でも、あたしのほうが先でいいですか?
- 男
- え、どうして。
- 女
- なんか、だって、あなたが先に飲んで、こう、先に治ったら、
あたしがなんか、失恋したみたいな感じになりません?
- 男
- ああ、確かに。
- 女
- じゃあ、先に飲みますね。
- 男
- あ、まあ、はい。
- 女
- え、いいですよね?
- 男
- そうですね、はい。
- 女
- じゃあ。
- 女、薬を飲む。
- 女
- じゃあ、帰りますね。
- 男
- え。
- 女
- お疲れ様です。
- 男
- え、え、え、ちょ、ちょっと待ってください。どんな感じですか。どうなってるんですか。
- 女
- あ、え。
- 男
- あ、え。
- 女
- な、なんですか。
- 男
- あれ、なんか、僕、失恋したみたいになってません?
- 女
- 帰っていいですか?
- 男
- え、え、え、なにこれ、寂しい寂しい寂しい。先に飲んだ方が良かった!
- 女
- ちょっと、早く飲んでくださいよ……。怖いです。
- 男
- あ、いや、すみません。ええと。
- 女
- さあ、飲んで。
- 男
- はい。
- 男、薬を飲む。
- 男
- じゃあ、帰りますか。
- 女
- ええ、さようなら。
- 男
- さようなら。……また、会うこともありますかね?
- 女
- 薬が切れたら、あるいは。
- END