- 扉の開く音。
- 女
- わ、本当にペンギンさんなのですね。びっくりしちゃいました!
- 男
- あ、新しいアシスタントさん?
- 女
- あ、はい。よろしくお願い致します
- 男
- よろしくね
- 女
- わたくし、ペンギン先生に憧れてこの世界に入ったんですの
- 男
- へぇ
- 女
- 本当、わたくし、ペンギン先生の書く作品が、もう、大好きなんですの。
先生が例え人間でなくっても、溢れる才能と、人間界でペンギンとして生きる孤独の中から
紡ぎ出される、とっても美しい言葉の数々。わたくし、結婚するならこんな方と……。
なんて。今のは聞かなかったことにしてくださいまし
- 男
- (満更でもない様子)ふぅん。……じゃ、ゴメンだけど、仕事よろしく
- 女
- はい。勿論ですわ
- 「カリカリ」と紙に書きつける音がしばらく聞こえる。
止まって。
- 男
- あのさあ
- 女
- はい
- 男
- 俺と、まあ、その、なんちゅうか、あれ、……あれ……とか……出来る訳?
- 女
- え?
- 男
- ああ、いや、まあ、その、あれでしょ、あれなわけでしょ、その、君はさ、
俺の事が、まあ、好き、好きっちゅうか、まあ、あの、好き、な、わけでしょ
- 女
- ……
- 男
- ……俺と、その、まあ、そういう事、とかは、その……、出来る訳?
- 間。
- 女
- せんせ、嫌ですわ。わたくし、恋人がおりますのよ
- 男
- ふん、ああ、そう、そうなんだ
- 女
- ふふ。先生ったら冗談がお上手なんですね
- 男
- え、ペンギンだから?
- 女
- え?
- 男
- 俺がペンギンだから?
- 女
- その……
- 男
- 俺がペンギンだからそういうのは無し、なんでしょ。
俺がペンギンじゃなかったらさ、やってたでしょ、そういうこと、実際
- 女
- そんな訳ありませんわ!
- 男
- いや、やってたんだよ。知ってんだよ。俺が人間だったらやってたんだよ。
知ってんだよ、そういうのは
- 女
- わたくし、そんな、ふしだらな女じゃありません!
- 間。
- 男
- じゃあぎゅってしてよ
- 女
- ……
- 男
- 俺のこと、ぎゅってしてよ
- 女
- ……
- 男
- 満たされないんだよ。何してても。面白いもん作って、高い服着て、いい酒飲んで、
美味いもん食っても、何してても、俺、ペンギンだから、満たされないんだよ。
毎日毎日ずっとペンギンだから、朝起きて人間だったこと一回も無いから、
もうさ、……俺とさ……、しなくてもいいからさ……、ぎゅってしてよ……
- 女
- ぎゅっ、ですか?
- 男
- うん
- 女
- 一回だけですよ
- 男
- うん
- 女
- 後腐れなしですよ
- 男
- うん
- 女、男を抱きしめる。
間。
- 男
- ……
- 女
- 満たされましたか?
- 男
- ……
- 女
- 先生……?
- 男
- ……。虚しい……
- 女
- ……。はい……
- 男
- ……。あーあ……
- おわり。