- 夫
- あぁ。動かない。
- 妻
- チッ。だから言ったでしょ。夕方のラッシュに引っかかるから、6時過ぎには迎えに来てって。
- 夫
- 仕事が長引いたんだよ。
- 妻
- チッ。今日は何の日かわかってる?
- 夫
- 結婚記念日だよ。
- 妻
- チッ。去年もそう。いつもそう。だからレストランは8時予約でよかったのよ。
- 夫
- よもやこんなに混むとは思わなっかったんだよ。
- 妻
- チッ。役に立たず。
- 夫
- あのなぁ。いい加減その舌打ち止めないか?
つとに言ってるだろう。印象悪いって。
- 妻
- ほっといてよ。
- 夫
- よしんば俺の前とか、よしんば家族の中だけならいいけど、外でやるのは良くない。
よしんば「気にしないよ」って言ってもらったとしても・・・
- 妻
- よしんば!・・よしんば!何?よしんばって!
- 夫
- 「よしんば」は「よしんば」だよ。
- 妻
- そんな普段使わない言葉使うの止めてくれない?
- 夫
- 何言ってんの?押しなべて使うよ、「よしんば」ぐらい。みんな押しなべて「よしんば」は・・・
- 妻
- 押しなべて!また出た。押しなべて。聞きなれない言葉を耳にすると、気持ちがノッキングするのよ。その言葉が引っかかって内容が頭に入ってこないの。
- 夫
- 「よしんば」だよ?「押しなべて」だよ?いずくんぞ知らんや。
- 妻
- はぁ?あんたいつの時代の人?
- 夫
- げに現代だけど。
- 妻
- チッ。からかってんの?
- 夫
- ほら、また舌打ち。
- 妻
- チッチッチッチッチッチッチッ。あーイライラするぅ~~~~~。
- 夫
- 良くないなぁ~~。それは良くない。急がなければならないときに限って、
すべからくイライラしちゃいけない。
- 妻
- すべからく。
- 夫
- イライラすることによって、あまねく事故や事件が降りかかってくる。
- 妻
- あまねく。大層学がおありのことですねぇ。
あなたという人物は。よもやそんな人間だとは思わなかった。結婚する前はね。
- 夫
- ん?よもや?
- 妻
- あ~~あ。なまじ大学で教鞭をとってるから、そういう言葉を使いたがるんですかねぇ?
- 夫
- なまじ?
- 妻
- しかしあなたは只の講師。教授でもなく、准教授でもない、只のちんまいちんまい非常勤講師。
- 夫
- ちんまい?
- 妻
- ちんまいちんまい。ちんまい講師だわ。あ、もとい。ちんまい非常勤講師だわ。
- 夫
- もとい!ちょっと待って。あ、もとい。しばし待って。
- 妻
- しばし!
- 夫
- 君だって使ってるじゃないか。よもやとか、なまじとか。
- 妻
- 何がよ?よもやぐらいとみに使うでしょう。
- 夫
- とみに!
- 妻
- なまじなんかは日常茶飯事よ。
- 夫
- 自分のことは棚に上げて、よくもまぁおいそれと。
- 妻
- おいそれと!おいそれとなんかひねもす街を練り歩いても耳にしないわ。
- 夫
- ひねもす!ひねもすこそ俳句の世界でしかついぞ聞いたことがない。
- 妻
- ついぞ!あなたって人はよくもまぁ次から次へとそんな言葉・・・そんな言葉・・・
つぶさに出てくるわねぇ?
- 夫
- つぶさに!君こそぉ~~~よどみない。
- 妻
- よどみない。よどみな~~~~い。それ今あたし、くしくも使おうと思ってたのよ~~。
よどみなくとつぶさに、どっちが適当か悩んで、つぶさにを使っちゃったぁ~~。
- 夫
- まぁ、そんなことはさもありなん。
- 妻
- 御意。
- プップーー。後ろからクラクション鳴らされる。
- 二人
- えぇ?
- 妻
- あぁあんた。あんた前。空いてる。
- 夫
- チッ。わかってるよ。(車を進める)
- 妻
- えぇ?あんた今舌打ちしたでしょ?
- 夫
- えぇ?
- 妻
- チッて。チッてしたでしょ。
- 夫
- やってないよ。
- 妻
- やったやった。チッてやった。あたしこの耳でしかと聞いたもん。
- 夫
- チなんかしてない。・・・チュッてやったんだよ。
- 妻
- え?
- 夫
- チュッて。
- 妻
- なんで?なんでこの状況でチュなのよ?
- 夫
- それは・・・それはだって・・・結婚記念日だからさ。
- 妻
- ・・・だとしても~~~~~・・・だとしてもこの状況でチュはないわ。
- ~おわり~