- 男
- この日、彼女が妙にめかし込んでいるから、おかしいとは思ったんだ。
- 女
- ねえ、今日って何の日か、覚えてる?
- 男
- 彼女は不安げに僕に問いかけた。ちくしょう、今日はどうやら、なにかの日のようだ。
しまった。ノーマークだ。
- 女
- ちょっと、聞いてる?
- 男
- なんだ。今日は、何の日だ。くそう、ええと、ううん、わからん……!
- 女
- ねえってば!
- 男
- あ、ああ、聞いてるよ。今日だろ。もちろん、覚えてるよ。
- 女
- ほんと!
- 男
- あああ、言っちまった。乗り切れるか、俺。いけるか、俺。
- 女
- 良かった。覚えててくれたんだ。
- 男
- 男女間における記念日なんてものは大体限られている。
本命、付き合った日。まさかもう一年か?
対抗、初キッスの日。付き合う前じゃなかったっけ。
大穴、出会った日。覚えてるわけがない。……まさか誕生日だなんてことはないだろうな。いや、違うはずだ。彼女の誕生日は、たしか、こう、寒い時期だ!
- 女
- なに難しい顔してるの?
- 男
- いや、簡単な顔だよ。
- 女
- なに、簡単な顔って。
- 男
- それにしても、そうかぁ、良かったなあ。
- 女
- 何が?
- 男
- ん?
- 女
- 何が、良かったの?
- 男
- ……この日が。
- 女
- ふうん。
- 男
- なんだ、この反応。まさか、めでたくないことはないだろう。記念日なんだから。
お互いにとって、こう、いい日なはずだ。
- 女
- あのさ。
- 男
- な、なに?
- 女
- 今日さ、もしかして、なにか用意したりしてる?
- 男
- え?
- 女
- サプライズ、とか。
- 男
- 俺はとっさにポケットをまさぐった。
ちくしょう…! ガムしかねぇ…!しかも、?んだ後の……!
- 女
- あ! 全然、何かしてほしいってわけじゃなくて、あたし、
- 男
- もちろん…! 用意してるよ…! 楽しみに、しててよ……!
- 女
- あ、そうなんだ。
- 男
- おう。
- 女
- あ、あははは。ありがとう。
- 男
- おおう。
- 女
- やっぱり今日は何かの日なんだ。
あぶねー……! おめかししてきて良かったー……! ナイス、女の勘。
えー、なんだったっけなぁ。今日、なんかそんな気がしたんだけど、なんだっけ……!
- 男
- ほんとこう、二人にとっての、あれだからな。こねこねこね…。
- 女
- あ、あの、ごめん、あたし、何も用意してない。
- 男
- いやいやいや、こういうのは、男がするもんだから! こねこねこね…。
- 女
- 付き合った記念日か? 今日だったっけなぁ……!
あたしら、結構ぐだぐだで付き合っちゃってるからなぁ……!
やっちゃってるからなぁ、付き合う前に!
- 男
- ほんと、めでたいよ。こねこねこね…。指輪だ! ここは指輪しかない!
俺は、ポケットの中で必死にガムをこねくり回していた。
なんとか指輪の形にして、プロポーズして、誤魔化してしまえ。
- 女
- さっきから、彼がポケットに手を入れてガサゴソしている。
もし、指輪でも出てきたらどうしよう。まさか、今日、結婚記念日になるのか?
はっ…もしやこれが、女の勘? 虫の知らせ? どきどきどき。
- 男
- へへ、へへへ。
- 女
- へへへ、へへ。
- 男
- こねこねこね。
- 女
- どきどきどき。
- 男
- ちねちねちね。
- 女
- わくわくわく。
- 男
- へへへへへ。
- 女
- へへへへへ。
- 二人
- 今日は……! 何の日だぁ……!?
- END