- 赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
- よしゆき
- よしよし、かずたん。おなか減ったか?ミルクもらおうか。
- 由紀子
- まだお腹減ってないと思うんやけどな。眠いんちゃうかな。
- よしゆき
- そうか。おー、よちよち。あと三日でお別れやからな。
- 由紀子
- 「第一子を出産した後、私は実家に戻った。子煩悩な母と、子供には無関心だった父。
しかし、孫はかわいいというのは本当で、父は、今まで見たことがないほど顔を崩し、
孫をかわいがった。しかし、出産から一か月、
そろそろ家に戻らねばならない時が近づいていた・・・。」
- よしゆき
- かずたんがいなくなるとさみしなるやろなあ・・・。じいじは堪え切れるやろか。
- 由紀子
- そんなん。電車で1時間なんやし、しょっちゅうきたらええやんか。
- よしゆき
- そんなわけにはいかん。あきらさんもいてはるし。
- 由紀子
- あきらはそんなん気にせえへんよ。
- よしゆき
- かずたん、じいじはな、自分の子供の時には、子育て、なんもせえへんかってん。
こんなにかわいかったろうになあ。じいじは今、それをものすごく悔やんでんねん。
なんてもったいないことしてもたんやろな。ばあばには苦労かけたんやな、て
じいじ今更わかってん。それがわかったんもな、ぜんぶかずたんのおかげや。
かずたんがじいじに教えてくれたんや。ありがと、かずたん。
- 由紀子
- お父さん・・・。
- よしゆき
- かずたん帰るまでにいっぱいだっこしよな。じいじを忘れんといてな、かずたん。
- テレビから競馬の中継が小さく流れてくる。
- 由紀子
- ほな、じいじに抱っこしてもらおか。はい、じいじ。
- よしゆき
- いや、今いい。お前抱いとけ。
- 由紀子
- えっ。
- よしゆき
- 競馬が始まったんや。
- 由紀子
- 競馬?
- よしゆき
- よっしゃいけいけ、そこや!!
- 由紀子
- いっぱい抱っこするんちゃうん。
- よしゆき
- 競馬が始まったんや。
- 由紀子
- お父さん。
- よしゆき
- あっ、あっ!!あーっ!!あかん!!外れたー!
- 赤ちゃんの泣き声。
- 由紀子
- お父さん、和也が泣くから。
- よしゆき
- うああー!!
- 由紀子
- お父さん!!おお、よしよし。馬券買ってたん?
- よしゆき
- そうや。1-6。かずたんの誕生日や。当たったら、かずたんにやろ、思てな。
- 由紀子
- お父さん。
- よしゆき
- なんやねん、入ったん、1-5やないか。お前が一日早生んどったらよかったのにのう!
- 由紀子
- めちゃくちゃいいなや。
- 赤ちゃんの泣き声。
- よしゆき
- かずたんはなんも悪ないで。よし、じいじがだっこしたろ。
- 競輪のテレビ中継の音。
- よしゆき
- お前抱いとけ。
- 由紀子
- えっ。
- よしゆき
- 行け山田!そこや!!
- 由紀子
- お父さん。
- よしゆき
- 競輪が始まったんや!!
- 由紀子
- お父さん!!和也と競輪、どっちが大事なん?
- よしゆき
- どっちもや!人生にはな、大事なことが、いっぱいあるで!!山田―!行けー!!
- 終わり。