- 春彦
- 社会人一年目の正月。俺は実家に帰って自分を癒していた。
慣れない社会人としてのすさんだ生活・・・。
実家は俺を癒してくれるはずだった・・・。のに・・・。
ちょっと母さん!
- おかん
- はいはい。
- 春彦
- 何、これ!
- おかん
- 朝ごはんですけど?
- 春彦
- ちげーよ、このキャベツの千切りを炒めたようなやつのことだよ。
- おかん
- それが何か?
- 春彦
- これ・・・、昨日の夜の、マグロの刺身の横についてた、ツマじゃないの??
- おかん
- はいはい。
- 春彦
- ビンゴだよ!通りでこう、なんちゅうか、独特の風味がすると思ったんだよ。
- おかん
- うんうん。あんたは昔から味覚が鋭かったからね。母さん、いつも感心してた。
- 春彦
- そう?まあ、味オンチではないわな。
- おかん
- えらいわー。
- 春彦
- へへ。って、騙されないぞ!!
- おかん
- いやだってさ、余ったから。
- 春彦
- 余ったからって。そんなもん、炒めるか、フツー。
- おかん
- ・・・普通って、何だろうね。
- 春彦
- 哲学に逃げたって駄目だよ!もう、
半年ぶりに帰ってきた疲れた息子にさあ、いや、ありがたいとは思ってるんだけど。・・・ん?
- おかん
- ん?
- 春彦
- なんかこの餅・・・。変だな。
- おかん
- おかしいな。
- 春彦
- パサパサしてるっていうか。
- おかん
- おととしのだからかな。
- 春彦
- なんでよ!
- おかん
- いやいや、これには物語があります。
- 春彦
- 物語?
- おかん
- 年末年始の冷蔵庫ってね、すぐいっぱいになるの。
おせち入れたり、お鍋の材料とかでね。冷凍庫も大活躍するわけ。カニ入れたりするからね。
- 春彦
- うんうん。
- おかん
- その時邪魔になるのは、いつ冷凍したかわからない物どもなの。
いつからあるのか思いだせない豚肉。悪くなったけど、捨てるには忍びない煮物。
- 春彦
- その一つがこのモチだと。
- おかん
- そう。
- 春彦
- ちょっと母さん!半年ぶりに帰ってきた息子だよ?
- おかん
- わが子よ!
- 春彦
- 両手広げられてもね?飛び込んでいきませんから!
こっちはね、母さんの手料理を楽しみにして帰ってきたわけよ。
- おかん
- 母さんだって・・・こうなりたくてなったわけじゃないのよ・・・。
- 春彦
- どういうこと。
- おかん
- ほら、母さん、一人じゃない。お父さんが仕事で遅い時はさ。
そんな時、自分のためだけにそうそう手の込んだもの、作ろうと思えないんだよね。(悲しげ)
- 春彦
- 母さん・・・それは、よく聞く話だけど・・・。
- おかん
- でも最近では、誰かのためでも作ろうという気が失せてきたからね。
- 春彦
- その果てがこのキャベツ炒めだな!!
- おかん
- ナイスつっこみ!!
- 春彦
- ナイスじゃねえよ!
- おかん
- 母さん、うれしいわ。あんたを生んだ時はすごい難産で・・・。
生まれてきてくれて、ありがとう。
- 春彦
- いやいや、騙されないぞ、そんな出産いい話で!
- おかん
- 何を言うの!破水から始まったのよ!破水から始まるお産がどれだけ大変か!
- 春彦
- 知らねえよ!教えてくれよ!
- おかん
- 忘れたわよ。詳しくはググりなさいよ!
- 春彦
- なんで忘れるんだよ!出産の思い出って残るもんじゃないの?
- おかん
- そのはずなんだけどね・・・。
- おばあちゃん
- 何騒いでるんだい。
- 春彦
- おばあちゃん。
- おばあちゃん
- 冬彦、起きてたのかい。
- 春彦
- 春彦だよ!
- おばあちゃん
- いいんじゃないか、季節だったら、なんでも。
- 春彦
- ちくしょう、母親ってやつはよ!!
- 終わり。