- ここは居酒屋。
- 快晴
- 唐揚げ、レモンかけていい? よいしょ。
- と、言いながら、快晴は鶏の唐揚げにレモンをかけた。
- 曇天
- おい。てめえ、ふざけてんのかよ。
- 快晴
- あれ、ごめん。だめだった?
- 曇天
- だめじゃねえよ。
- 快晴
- え? あ、そう。
- 曇天
- 選択の余地があったのかよ。
- 快晴
- 選択? なに?
- 曇天
- 今、俺に選択の余地があったのかよ。てめえ今、「レモンかけていい?」って言いながら、もうかけてたじゃねえかよ。よいしょっつってよ。
- 快晴
- ああ。ごめん、ごめん。レモン嫌いだと思わなくて。
- 曇天
- レモン嫌いじゃねえよ。
- 快晴
- え、なに、どうしたの?
- 曇天
- もしもの話をしてんだよ。
- 快晴
- もしもの話?
- 曇天
- もし俺がレモン嫌いだったら、てめえが「レモンかけていい?」って言いながら
すでにかけちゃってたとき、俺は、どうすりゃよかったんだよ。
- 快晴
- いや、言ってくれれば。
- 曇天
- すでにかけちゃってんだよ、てめえは。
- 快晴
- え、でもすぐ言ってくれれば、ちゃんと止めたけど。
- 曇天
- てめえが手を止めても、もう汁は滴り始めてるんだよ。
なぜならてめえは絞っちゃってるわけだからよ。
- 快晴
- そんなに怒んなくても。次からはかけないよ。
- 曇天
- 違う、てめえ、全然わかってねえ。
- 快晴
- いや、ごめん。でもこの辺なら、そんなにかかってないから。
- 曇天
- かかってていいんだよ。
- 快晴
- ええ?
- 曇天
- かかってていいんだよ。この辺にもかけろよ、じゃあ。
- 快晴
- ごめん、全然意味分かんない。レモンかけたくなかったんでしょ。
- 曇天
- おい。真面目に聞いてくれ。今、レモン関係ねえんだよ。
- 快晴
- 今、レモンが関係なかったら、一体何の話なんだよ。
- 曇天
- 権利の話だよ。
- 快晴
- 冷めちゃうよ、唐揚げ。
- 曇天
- あのな、俺はな、レモンをかけるもかけないも、自由なんだよ。
それは俺に与えられた権利なんだよ。俺だけじゃねーぜ。てめえにもその権利はあるし、
地球上の全員、自由に選ぶ権利があるんだよ。
- 快晴
- え、なに、どうしたら良かったわけ。
- 曇天
- 「レモンかけていい?」ってお前が質問するだろ。
- 快晴
- うん。
- 曇天
- そんで、俺が「いいよ」って言うんだよ。
- 快晴
- うん。
- 曇天
- そんで初めて、お前はこの唐揚げにレモンをかけるんだよ。
- 快晴
- いや、だからさ、かけてよかったんだよね。そもそも。
- 曇天
- かけていいよ。
- 快晴
- じゃあ、別に良かったじゃん。
- 曇天
- だから、かけちゃダメだった場合の話だろうが。
- 快晴
- かけちゃダメだった場合じゃないじゃん。今、この、訪れた未来は。
- 曇天
- 別の未来の可能性もあっただろうがよ。それを恐れろって話だよ。
- 快晴
- 起こらなかった可能性について議論したって、意味ないじゃんか。
- 曇天
- それを繰り返して人類は進歩するんだろうがよ。
- 快晴
- そんなのは進歩じゃなくて、単なる足踏みじゃないか。
- 曇天
- ……じゃあてめえ、俺が「キスしていい?」って聞きながらキスしてきたらどうだろうよ。ちょっと待てってなるだろうが。
- 快晴
- ならないよ、だってキスしていいもん。
- 曇天
- だから、ダメの可能性もあるだろうよ。イエスかノーかは一旦必要だろうよ。
- 快晴
- いらないよ。だってイエスだもん。もういい。唐揚げ食べていい? よいしょ。
- 曇天
- だからよぉ、てめぇよぉ! 食べっちゃってんだろうが、「食べていい?」って聞いといて、食べちゃってんだよ、お前はもう、すでに!
- 快晴
- (もぐもぐしながら)食べたかったら食べればいいじゃん。
- 曇天
- おおう、もう。(もぐもぐ)
- 快晴
- (もぐもぐ)なんなのよ、もう。
- 曇天
- (もぐもぐ)なんなんだ、一体。
- 快晴
- (もぐもぐ)
- 曇天
- (もぐもぐ)
- END