- ――波の音。波の砕ける音。
- 女
- またここに来るとは思ってなかった
- 男
- どう、久し振りに見るここからの景色は
- 女
- 綺麗
- 男
- 昔、来たときはそんなこと言ってなかったけど
- 女
- 余裕がなかったから
- 男
- 俺もそうなんだよね。あのときはここから見える景色がこんなに綺麗だなんて思わなかった。
俺、今、この景色を見て感動してる
- 女
- そうなんだ
- 男
- 俺だって、またここに来るとは思ってなかったよ
- 女
- でも、もう一度ここへ来ようって誘ったのはあなたじゃない
- 男
- 来たかったんだよ
- 女
- どうしてまたここへ来たかったの。あのときは怖くなって結局やめようってなって、
それからもう二度とここへは来ないでおこうって約束したのに
- 男
- あのとき飛び降りなくてよかったって思いたかったんだ
- 女
- どういうこと
- 男
- またここに来れば、今は辛いこともあるけど、
それでもあのとき終わらせてなくてよかったと思えるんじゃないかと思ったんだよ
- 女
- そっか。実際ここに来てみてどう。そういう風に思えてる
- 男
- 思えてるよ。ここからの海の景色を見て、綺麗だと思えたし、感動だってできてるんだから
- 女
- この前来たときはどっちから誘ったんだっけ
- 男
- この前も俺だったと思う
- 女
- そうだっけ
- 男
- そうだよ。俺が誘った
- 女
- 私、飛び降りなくてよかったってどうしても思えないんだよね
- 男
- どうして
- 女
- あのとき飛び降りて死んでればよかったって、ときどき思う。ずっとなんにも良いことがないんだよね
- 男
- いいよ、俺は
- 女
- なにが
- 男
- これから一緒に飛び降りたって
- 女
- ここからの景色を見て感動できるような人とは、とてもじゃないけど無理だよ。
気持ちは嬉しいけど
- 男
- 知らない間に、いなくなられるのだけは勘弁して欲しいな
- 女
- 私にはそんな勇気ないから、まあ安心して。本当に死にたくなるけど、
死にたいって言ってると気持ちが楽だから言ってるだけだし、
本当にどうしようもなくなったらできるだけ私から誘うようにするね
- 男
- わかった
- 女
- 黙って死んじゃってたらごめんね
- 男
- 嫌だよ
- 女
- そうだよね。嫌だよね
- 男
- うん
- 女
- あーあ、寒くなってきた
- 男
- え
- 女
- 寒くなってきた
- 男
- そっか。でも、もうちょっとここにいてもいい
- 女
- いいよ。好きなだけいなよ。付き合うよ
- ――終わりです。