- 男
- すいません、やっぱりもう少し考えさせてください。この紙、もろて帰ってもええですか。
- 自動ドアが開き、男がハローワークから出てくる。手には求人紙が握られている。
男は大きくため息をつく。
- 男
- 同じですわ。
- 男は駐車場に停めた軽自動車に近づき窓を叩く。
車の中で寝ていた女は眠たそうに伸びをしてから、返事をする。
- 女
- ふぅうあー。はい、はい。
- 日照りの中で長時間停めてあった車の熱気が男をたじろがせる。
- 女
- ん?入らんの?
- 男
- 暑っ。お前、エンジン切るな言うたやろ。
- 女
- 節約やん。
- 男は言葉を返すことができない。
- 女
- なぁ。車、入らんの。
- 男
- お前、こないに熱こもった所で、よぉ寝てられるな。そっちのドアもあけぇ
- 男と女二人で軽自動車のドアを仰いで車の中の空気を入れ替える。
- 女
- 不機嫌め。あかんだん?
- 男
- アカンことはない。引く手数多や。
- 女
- 嘘つき。なんで、不機嫌。
- 男は少しの時間、言葉に詰まる。
- 女
- 怖い顔するわぁ。
- 男
- こない暑いところで、熱中症なるで。心配かけなや。
- 女
- 大丈夫やて、うちら子供ん頃なんか、クーラーないのん当たり前やったやんか。
- 男
- お前は暑さに鈍感なんや。日照りの車ん中はエライ温度なんのや。知っとるやろ。
- 男は女の腋を触る。
- 女
- なんやのくすぐったい。
- 男
- 脇汗凄まじいやんけ。
- 女は急に恥ずかしくなる。
- 女
- なっ、あんた。なんでそんなこと。
- 男
- お前、待っとれ。
- 男は隣の本屋に走っていく。男は離れていく。女の声は男に聞こえない。女が周囲の音から遠ざかる。
- 女
- 待ってる。ウチは待ってる。パチ屋の駐車場、6時間蒸されて生き延びた子供や。待つのは得意。
いつまでも待つよ。だって待ってる程、帰ってきたとき心配してくれるやん。
待ってるだけで、あんたに負い目つくれるやん。それがないと、うちと一緒にいてくれへんやん。
- 環境の音が戻る。男が帰ってくる。自動販売機でジュースを買って来たようだ。
- 男
- ほれ、脱水気ぃつけぇ。
- 男はペットボトルの水を女に渡す。
- 女
- もう、節約台無しやん。
- 男
- いや、俺、仕事決めてくるわ。
- 女
- なんで、急に。
- 男
- いや、新しい仕事で、年下に叱られんの嫌やなぁ思ってたけど。お前、熱中症なる方が嫌やわ。
- 女
- そんなんで決められたらウチ嫌や。
- 男
- どうせ、いつかせなアカン覚悟や。紹介状もろてくる。
- 男が再びハローワークへ向かう。女はそれをしばらく見ている。
- 女
- なぁ、クーラー。入れてええ?
- 男
- あほ。一緒にいくで。熱中症、なったらどないすんねん。
- 女
- 手遅れかもしらんわぁ。
- 終わり