――居酒屋にて。

女

あかんわ

男

え？

女

変なこと頼んでもいい？

男

なんですか？

女

キスさせてもらってもいい？

男

飲みすぎじゃないですか

女

そんなに飲んでないよ

男

キスしたいから呼び出したわけじゃないでしょ

女

うん

男

適当な相手が欲しかったから、僕のこと呼び出したんでしょう

女

うん。来てくれてありがとう

男

だから、キスはしないですよ

女

なんで？

男

だって、僕のこと別に好きじゃないじゃないですか

女

私、あんたのこと好きやけどな

男

は？

女

好き

男

キスするとか、そういう好きじゃないでしょ

女

そっか。そういう好きじゃないな

男

そしたら、キスしないですよ。キスできないですよ

女

キスしようや

男

彼氏さんと別れたからって、自棄になりすぎじゃないですか

女

びっくりした。そういうこと言うんやな。
平気でそういうことを言えるやつなんやな。びっくりした

男

すいません

女

傷ついたわ

男

でも、好きでもないのに、からかうから

女

あ、からわかれてると思ったん？

男

それ以外に取りようないですよ

女

そういえば、昔、告白してくれたことあったよね

男

なんですか。馬鹿にしてるんですか

女

馬鹿にしてへんよ。急に思い出しただけや。ごめんな、あのとき断って

男

ほら。やっぱり馬鹿にしてる

女

好きやってんで。一緒におって楽やし

男

何回も聞きましたよ

女

私ってさあ、あの時期って誰にでもさせるようなやつやってん

男

は？

女

あんたは知らんかったと思うねんけど

男

知らなかったです

女

せやろ。だから、告白してくれたんやろうなあ

男

知ってても、多分、好きやったと思いますけど

女

そうやねん。誠実に好いてくれてたから、私、断れてんなあ。
もし誠実じゃなかったら、一回くらいはさせてたと思う

男

からかわんといてくださいって

女

私、にぶいやつになれたと思ってんけどなあ。あかんみたい。全然にぶくないわ。
昔みたいに誰にでもさせるような誉れには、もうしんどいし戻られへんけど、
でも、昔みたいに不安で仕方ないねん

男

不安って？

女

昔、私のこと好きやったんやから、キスくらいさせてくれてもいいやんか。
なあ、ええやんか。キス。キス

男

キスしたら、後悔するでしょ

女

そうかなあ

男

後悔しないんやったら、僕だってキスしたいですけど

女

後悔すると思うわ

男

そうでしょう

女

ごめん

男

全然いいですけど

女

私のことまだ好き？

男

好きやけど、あの頃の好きとはさすがにもう違いますよ

女

そうか

――終わりです。