- ブギーとポップの狭間のナカで歌謡ロックが響き渡る。
ドープにチープにガンガン突いて引っこ抜かれたその相手。
キュンキュンしちゃって切なくて抱かれて イカレて イカされた
狂ったミンナのヒトリゴト
汽笛
- 少年
- おーい。出て来ないの?
- アコガレ
- そう声をかけられたあたしは十五歳。
あなたの目の前のトビラの向こうで体育座りをするわけでもなく
壁に耳当て立っている。冷たいトビラからキーンという音が聞こえてきて、
やがて意味も無く数を数え出す。けれどすぐに飽きちゃって
それでもとりあえずは百を目指して頑張ってみる。あ、今いくつだっけ?
六十六? 六十七?
- 少年
- わからないけれど、せっかくなんだからでて来なよ。
- アコガレ
- そう言う彼が立っている場所は汽車の通路。
あたしはコンパートメントの部屋の中。ここはどこ? 汽車の中。
ねえ、あなたはあたしの知っている人?
- 少年
- 見ていたよ。
- アコガレ
- え、なんで? 見ていたの? どの辺りから見ていたの?
- 少年
- 行きの駅で。ホームで並んでいたときから。
- アコガレ
- 話しかけたかった?
- 少年
- まあ。
- アコガレ
- じゃあ、といってあたしは目の前のトビラに郵便受けみたいにくっついた
小さな小窓をあけてみる。小さな小窓。大きさは手が入るくらいの、きゃっ!
- 少年
- ごめん。ガムが勝手に滑り落ちた。
- アコガレ
- 勝手にガムが滑り落ちるか。
- 少年
- ああ、口が滑った。
- アコガレ
- お前の手が滑ったんだよ。
- 少年
- ねえ、開けてくれないならさ、この手に何か渡してよ。
- アコガレ
- 小窓からぶしつけに手を突っ込んできてそんなことを言う。
どうして「気になって話しかけたかったが勇気が出なかった。
けれどもうすぐ自分は駅で降りなきゃいけない。
だから思い切って来てみたんだ」とそう言えないんだろう。
- 少年
- 頼むよ。ぼく、次の駅で降りなきゃいけないんだ。
- アコガレ
- ……一応言ったか。はい。
- 少年
- なにこれ。
- アコガレ
- 石。
- 少年
- 石。
- アコガレ
- ロック。あたしはキングオブロック!
- 一瞬流れる UKロック
- 少年
- 石の王様……。
- アコガレ
- あたしの頭の中の音楽をぶった切ってそんなこと言う。
切ってやろうか、この右手。
- 少年
- やめろよ。
- アコガレ
- 不思議よね。石は二つに切ってもどちらも「石」と呼ばれるのに、
人間を手とそれ以外に切ったら片方は人間と呼ばれるけど
片方は人間とは呼ばれない。プラナリアとはわけが違う。
切っても切ってもプラナリア。
- 少年
- おい。やめろよ。
- アコガレ
- あはは、冗談だよ。おいロダン、お前近頃考える人過ぎるぞ。
- 少年
- 誰がロダンだよ。
- アコガレ
- あっとそんなに起こらないであそばせ。ごめんあそばせ。
- 少年
- なにその言葉。
- アコガレ
- 丁寧に謝ってるんであそばせあそばせあそばせあそばせあそばせよ。
- 少年
- ところでさ。
- アコガレ
- はい。
- 少年
- この石いいね。ひんやりとして気持ちがいい。いいね!
- アコガレ
- (一瞬だがはじめての間)その言葉が欲しかった。だってあたしは石の王様。
- 少年
- キングオブロック!
- アコガレ
- コーラなんかを飲むんじゃねえぞ?
- 少年
- いつもキングはそう言うぜ。惚れた女へのハウドゥユードゥ。
- アコガレ
- あんたやるじゃん。
- 少年
- ぼく、王様の使者になろうと思って。
- アコガレ
- シシャ? 生きているのに気の毒ねぇ!
- 少年
- そんなことより、折り入って話が。
- アコガレ
- え、それは檻に入れなきゃならないほど危険なやつなの?
てゆっかあたしがいる場所は檻? 鉄の檻? 石より硬いアイアンメイデン。
- 汽笛。
- 少年
- あ、間に合わない。駅に着いちゃった。降りなきゃ。ごめん。
- アコガレ
- とのたまって去ってしまったあの人は。石を握ったまま。
- アコガレ
- 思い出すということは、常に切ないことではないですか。
切なさも鋭くなると傷にもなるし血も出るし。
パソコンなんかは叩き潰して雨の中裸足で走ってみたくはなりませんか。
私の中に手を入れ、指を入れたあの人。三年も付き合っていれば情も生まれて、あなたがもっていった宝物の石はもうあなたにあげます。
イヤミと未練も残せるように。
半年もたってメールよこして、連絡が来たって誰かに言うのがあたしの目標。
ほんとにもう。濡れた髪もあたらない。