ジュージューとフライパンで焼く音、ぐつぐつと鍋が煮える音。
階段を降りてくる足音。
なんだ、お前か…母さんは?
買い物…お兄ちゃん帰ってきてるし、今晩ご馳走作るんじゃない?
え?
何?
いや、そこのそれ…母さんが用意してくれたやつじゃないの?
違うわよ…これ、私が作ったの…というか作ってるの。
ああ…現在進行形ね…てか、何で?
私だって…料理作るわよ。
そうだけど…どっちかっていうと、目玉焼きとかサンマとか焼きナスとか…
仕上げは全て醤油にお任せなズボラメニューしか作らないだろ。
素材の味を活かしたメニューって、言って欲しいんですけど。
図星。
何よ?
お前…痛いとこ突かれたら、右端の眉ちょこっと下がるからさ。
……。
で、何作ってんの?
女、黙って男の前に幾つも皿を並べ始める。
鶏の照り焼き、ブリの照焼、野菜となんかの煮物…なんか茶色い。
どうぞ。
今は、味噌汁とかでいいんだけど…同窓会で結構飲んじゃってさ。
(皿を押し出して)どうぞ…。
(言いかけて諦める)うん、いただきます…。
ちょっと。
何?
とりあえず一口ずつ食べてみて。
ええっ。
男、勢いに押されて一口。
どう?
醤油の味が強いな。
こっち。
(一口)甘い…。
これは?
……醤油辛さも甘さもあって、なんというか…うーん。
「あまから」って感じ?
いや、そっちじゃない…両者、反発しすぎってやつ。
何それ。
いや、それこっちのセリフだから…。
自分で味見したらわかるだろ?
味見してたわよ…でも、繰り返してたら何がどうだか解んなくなっちゃって。
まあ、味はともかく…みんな醤油と砂糖使ってるしな。
どうしてかなあ。
何…結婚前に料理修行?
まあ、そんな感じ。
あ…未来の旦那さんからの「和食」リクエスト?
そーいうわけじゃないんだけど。
ああ、図星。
何?
眉…また下がってる。
…。
なんか、後味的にまた飲みたくなってきた。
朝から?
飲まないけどさ。
ねえ…「あまから」って結局なんなんだろ?
宇宙の真理みたいなこと言うなよ。
甘いモノ食べた後、辛いものが欲しくなる無限ループ…あれだよ。あれ。
それは分かるわよ。
交互にじゃなくて…一つのものに同居させるって何。
一石二鳥だろ。
っていうか、そんな焦んなくっても「あまから」体験をこれからしてくんだろ?
え?
結婚なんて、相手が恋人でもあるけど、家族でもあり…
甘い毎日だけじゃなかったり。
時にはピリッときたり、後からジワジワ来る辛さもある。
それが、日を追うごとにバランスよく交じり合って…
少しずつ角が取れて上手いこと調和していく…みたいなもんかなーって。
……。
何だよ、その顔…せっかくレシピ伝授してるのに。
感想言っただけじゃない。
今、言ったとこだろ「あまから」生活レシピ。
ちゃんと手帖にメモっとけよ。
ありがとう…でも、料理の方の「あまから」レシピも欲しいんだけど。
じゃあ、母さんに聞けよ。
でもなあ…なんか恥ずかしいじゃない。
じゃあ、誰に聞くんだよ。
そうだけど。
2人の楽しそうな話が続いていく。
おわり。