- ジュージューとフライパンで焼く音、ぐつぐつと鍋が煮える音。
階段を降りてくる足音。
- 男
- なんだ、お前か…母さんは?
- 女
- 買い物…お兄ちゃん帰ってきてるし、今晩ご馳走作るんじゃない?
- 男
- え?
- 女
- 何?
- 男
- いや、そこのそれ…母さんが用意してくれたやつじゃないの?
- 女
- 違うわよ…これ、私が作ったの…というか作ってるの。
- 男
- ああ…現在進行形ね…てか、何で?
- 女
- 私だって…料理作るわよ。
- 男
- そうだけど…どっちかっていうと、目玉焼きとかサンマとか焼きナスとか…
仕上げは全て醤油にお任せなズボラメニューしか作らないだろ。
- 女
- 素材の味を活かしたメニューって、言って欲しいんですけど。
- 男
- 図星。
- 女
- 何よ?
- 男
- お前…痛いとこ突かれたら、右端の眉ちょこっと下がるからさ。
- 女
- ……。
- 男
- で、何作ってんの?
- 女、黙って男の前に幾つも皿を並べ始める。
- 男
- 鶏の照り焼き、ブリの照焼、野菜となんかの煮物…なんか茶色い。
- 女
- どうぞ。
- 男
- 今は、味噌汁とかでいいんだけど…同窓会で結構飲んじゃってさ。
- 女
- (皿を押し出して)どうぞ…。
- 男
- (言いかけて諦める)うん、いただきます…。
- 女
- ちょっと。
- 男
- 何?
- 女
- とりあえず一口ずつ食べてみて。
- 男
- ええっ。
- 男、勢いに押されて一口。
- 女
- どう?
- 男
- 醤油の味が強いな。
- 女
- こっち。
- 男
- (一口)甘い…。
- 女
- これは?
- 男
- ……醤油辛さも甘さもあって、なんというか…うーん。
- 女
- 「あまから」って感じ?
- 男
- いや、そっちじゃない…両者、反発しすぎってやつ。
- 女
- 何それ。
- 男
- いや、それこっちのセリフだから…。
自分で味見したらわかるだろ?
- 女
- 味見してたわよ…でも、繰り返してたら何がどうだか解んなくなっちゃって。
- 男
- まあ、味はともかく…みんな醤油と砂糖使ってるしな。
- 女
- どうしてかなあ。
- 男
- 何…結婚前に料理修行?
- 女
- まあ、そんな感じ。
- 男
- あ…未来の旦那さんからの「和食」リクエスト?
- 女
- そーいうわけじゃないんだけど。
- 男
- ああ、図星。
- 女
- 何?
- 男
- 眉…また下がってる。
- 女
- …。
- 男
- なんか、後味的にまた飲みたくなってきた。
- 女
- 朝から?
- 男
- 飲まないけどさ。
- 女
- ねえ…「あまから」って結局なんなんだろ?
- 男
- 宇宙の真理みたいなこと言うなよ。
甘いモノ食べた後、辛いものが欲しくなる無限ループ…あれだよ。あれ。
- 女
- それは分かるわよ。
交互にじゃなくて…一つのものに同居させるって何。
- 男
- 一石二鳥だろ。
っていうか、そんな焦んなくっても「あまから」体験をこれからしてくんだろ?
- 女
- え?
- 男
- 結婚なんて、相手が恋人でもあるけど、家族でもあり…
甘い毎日だけじゃなかったり。
時にはピリッときたり、後からジワジワ来る辛さもある。
それが、日を追うごとにバランスよく交じり合って…
少しずつ角が取れて上手いこと調和していく…みたいなもんかなーって。
- 女
- ……。
- 男
- 何だよ、その顔…せっかくレシピ伝授してるのに。
- 女
- 感想言っただけじゃない。
- 男
- 今、言ったとこだろ「あまから」生活レシピ。
ちゃんと手帖にメモっとけよ。
- 女
- ありがとう…でも、料理の方の「あまから」レシピも欲しいんだけど。
- 男
- じゃあ、母さんに聞けよ。
- 女
- でもなあ…なんか恥ずかしいじゃない。
- 男
- じゃあ、誰に聞くんだよ。
- 女
- そうだけど。
- 2人の楽しそうな話が続いていく。
- おわり。