- 女、掃除機を掛けている。
男、部屋のすみでぼんやり。
- 女
- どいて、そこ
- 男
- うん
- ちり紙交換の声。
- 女
- はよどいてや
- 男
- うーん
- 女
- あとそこだけやねん、この部屋
- 男
- 他の部屋、先やって
- 女
- いや
- 男
- 俺もいやや
- 女
- は?
- 男
- どかへん、ここ
- 女
- ほんなら、あとで自分でかけてな
- 男
- いやや
- 女
- せやったら今どいて
- 男
- 汚なないもん、別に
- 女
- キレイとか、汚いとかそういう問題ちゃうし
- 男
- なら、なんなん
- 女
- 毎日、部屋を掃除機がけするっていう日課をやり遂げたいの、うちは
- 男
- ほんなら、こうして、ここにじっとしてるのも、おれの日課や
- 女
- 最近はじまった日課やろ、それ
- 男
- そうやけど
- 女
- 私はあんたと暮らし始めてから、ずっとやってる日課やの
- 男
- せやから?
- 女
- 私の日課の方が先輩やの
- 男
- あほらしい
- 女
- あほらしいのはあんたやろ
- 男
- なにがやねん
- 女
- おんなじ日課やったら、もっと役に立つ日課にしいや
- 男
- あほ。これはこれで役に立っとんのじゃ
- 女
- よういうわ。ただ、ぼーっとして窓から空みてるだけやないの
- 男
- お前、三年寝太郎の話しらんのか?
- 女
- なに?
- 男
- 三年寝太郎や
- 女
- あんた、まさか、これから三年もぼーっとするんちゃうんやろうな
- 男
- そういう話やないわ
- 女
- ほんならなんや、途方もないこと考えてるって言いたいのん?
- 男
- せや
- 女
- どんなん
- 男
- せやから、途方もないことや
- 女
- どんなんかってきいてるやん
- 男
- 途方もなさ過ぎて話されへんわ
- 女
- はあ?
- 男
- 途方もないことを話せるか!
- 女
- 話されへんかったら意味ないやん
- 男
- しゃあないやろ
- 女
- しゃあないって、そんなん
- 男
- 竜宮城が絵にも描けないのと同じや!
- 女
- 意味分からんわ
- 男
- ほら、見てみ。お前には、俺のいうてる意味が分からんのや!
- 女
- はいはい
- 男
- 俺の勝ちや!
- 女
- 分かった分かった
- 男
- 負けを認めろ!
- 女
- もうええから、そこどいて
- 男
- 俺はどかへんぞ!
- 女
- ほんなら、うち、日課変えるで
- 男
- 変える?
- 女
- この部屋、毎日掃除するのやめる。洗濯も、ご飯作るのもやめる
- 男
- お前、それは日課やなくて日常やろ
- 女
- どっちでもええわ
- 男
- どっちでもええことあるかい!俺のとお前のとでは・・・
- 女
- うちが日常をやってるおかげであんたの日課があるんやろ
- ちり紙交換の声。つまり、間。
- 男
- かせ
- 女
- え?
- 男
- 掃除機、かせ
- 女
- なんやの
- 男
- 俺のテリトリーは俺が清めるんじゃ
- 女
- あ、そ。はい
- 一瞬でかけおわる掃除機。
- 男
- こんなもん、一瞬やんけ
- 女
- なあ
- 男
- なんや
- 女
- うちもあんたの日課、参加していい?
- 男
- お前も?
- 女
- うん。横におって一緒にぼーっとするだけやから
- 遠くに、ちり紙交換の声。
- (了)