- 年末。男が自分の部屋の大掃除をしている。
- 男
- よし。窓ふき終わり、っと。あとは洗濯機を回して……
- ピンポンとドアのチャイムが鳴る。
- 男
- なんだ?はいはーい
- 男が扉を開けると、訪問販売員らしい女が立っている。
- 女
- こんにちは。ワタクシ『消えるんですスプレー』と『消えるんです日記』でお馴染みの
<消えるんです社>から参りました田中と申します
- 男
- え?『消えるんですスプレー』と『消えるんです……』なんですって?
- 女
- 『消えるんです日記』です。あら、ご存知ありません?
- 男
- 日記が消えちゃ困るでしょ
- 女
- あらあらあら、日記には生涯残したい想い出も勿論沢山書いてありますが、
中には消えてなくなればいいのにと思うような想い出だっていくつかは御座いますでしょ
- 男
- まぁそれはそうですけど
- 女
- そんな嫌な想い出を消し去ってくれますのがこの『消えるんですスプレー』と
『消えるんです日記』
- 男
- あの、今、大掃除で忙しいんでまた今度で
- 女
- そう!大掃除!まさしくこの商品こそ、年末のこの大掃除の時期に
必要不可欠なものなのです!
- 男
- あの、田中さんでしたっけ?僕の話し、聞いてます?
- 女
- はい、こちらが2015年版・鈴木様の『消えるんです日記』
- 男
- どうして僕の名まえ
- 女
- 使い方は簡単です。こちらの『消えるんです日記』の中からご自身の消し去りたい
ページを開いて、この『消えるんですスプレー』をシュッと、ひとふき
- 男
- そんなこと言われましても
- 女
- 例えば、こちらはどうです?4月10日。覚えてらっしゃいますか?
あなたが会議に大遅刻した日です
- 男
- ええ?!なんでそんなこと、あなたが知ってるんですか?!
- 女
- ここに書いてます。ほら『今日は会議に一時間も遅刻してしまった』
『上司にこっぴどく怒られた』と
- 男
- いや、答えになってないし……でも確かにその通りです。
あのあと上司に散々怒られて
- 女
- はい、ならばシュッと、ひとふきこのスプレーで
- 男
- 駄目です!
- 女
- はい?どうして
- 男
- 遅刻したのは……路上で足を怪我した猫を拾ったからなんです。
病院に連れて行って……あのままにしていたら車にひかれてたかもしれません
- 女
- なるほど。でしたら、7月21日『お腹をこわす』『やっぱりスイカの食べ過ぎか』
これをシュッと
- 男
- いや、確かにあの日は一日トイレにこもりっぱなしで辛かったですけど、
それは田舎のばあちゃんが育てて送ってくれたスイカで、捨てるわけにもいかなかったし
- 女
- ああ、じゃあ10月25日!これなんて最悪です『通勤の電車内で痴漢と間違えられる』
- 男
- でもそれ、ちゃんと見てた人がいて、誤解だ、その人がやったんじゃない、
って言ってくれて……その人、今は、僕のその
- 女
- ああ、なるほど。それ以降、毎日のように鈴木様の日記に登場する<彼女>というのが
- 男
- ええ、実はその時のご縁で
- 女
- わかりました。なら今月の24日『初めて行った彼女の家で手料理を食べる』
『味付けに口を出してしまった』『クリスマス・イブだというのに大喧嘩』
- 男
- ああ……それは……確かにあれは言うんじゃなかった。
あれ以降、ちょっと気まずい雰囲気で
- 女
- はい、きましたよ!きましたよ!ここで登場『消えるんですスプレー』!
さぁ、これを『消えるんです日記』に、シュっとひとふき
- 男
- え……ええ
- 男がスプレーを手に取り、日記にふきかけようとすると携帯が鳴る。
- 男
- あ、ちょっと、すいません。もしもし、ああ、あのこないだは……ごめん。
え?そんなに言うなら正月はあなたの手料理を食べさせてって、
え、来てくれるの?!あ、うん!じゃあ大晦日の夜に!
- 携帯を切る男。
- 女
- えっと
- 男
- じゃあそう言うことで!
- 女
- え?え?えぇー!!
- 訪問販売員の残念そうな声を消すように扉が閉まる。
- 男
- 大掃除は部屋だけでやっぱり充分。さて、洗濯、洗濯
- 男はすっきりした面持ちで洗濯をはじめる
- END