- とある眼鏡屋で。一本1万円.と三本で5千円のコーナーが隣接してある。
- 女
- ちょっと……ちょっと、あなた!
- 男
- ……え、あ、はい……なんですか?
- 女
- まったく、そちらのコーナーは暇そうで羨ましいですわ。
呑気にお昼寝なんてされちゃって
- 男
- すみません。なかなか手に取って頂けないので、つい
- 女
- ああ、確かあなたが前回お客様に試しがけしてもらったのは、
1週間前だったかしら?それとも2週間前?
- 男
- いえ、お恥ずかしながら3週間前です。ほら、木曜の夕方に。
よくこの店の前を通ってる大学生の男の子が来てくれて
- 女
- ああ、あのいっつも野暮ったい安物のグリーンのセーター着た男の子
- 男
- まぁ確かにいつも同じ服ですけど。でも眼鏡のクリーニングに時々立ち寄ってくれますし、
自分の眼鏡を大切にする良いお客様ですよ
- 女
- クリーニングは無料なんだから、買ってくれなきゃ良いお客様とは言えないわ
- 男
- そうですかね……
- 女
- 本当に呑気なんだから。同じ眼鏡でも楽なお仕事でいいわね、三本5千円の安物…
…あら、失礼。ディスカウント眼鏡さんは。ずらっと並んで、どれも一緒に見えるから
滅多に試しがけされることものない
- 男
- はぁ
- 女
- 私がいる一本 1万円.のコーナーの皆さんは毎日毎日試しがけされて本当に大変なんですからね。この前、子どもが遊んでかけてディオーレさんが壊れたの、あなたもみたでしょ
- 男
- はい。あれはかわいそうでしたね。かけるところが曲がっちゃって
- 女
- 今日だって、お昼頃に私のお隣りにいたアルマーニョの眼鏡さんが買っていかれたばかりだし
- 男
- いいなぁ、アルマーニョさんは。僕も早くだれかの眼鏡になって大切にしてもらいたいなぁ
- 女
- なにを言ってるの。あなた、三本で5千円でしょ?
買っていかれても、雑に扱われて、壊れたら修理もせずにポイですよ
- 男
- ええ、そんなぁ
- 女
- 私はね、いつかお金持ちの奥様にもらわれてニューヨークにパリにロンドンに、
世界中を一緒に旅してあちこちを見るのが夢なのよ
- 一台のトラックが店の前に入ってきて、新しい眼鏡がいくつか搬入される。
- 女
- あら、新入りかしら
- 男
- そうみたいですね。あの箱はシャネリさんかな。新作モデルみたいですよ
- 女
- え、ちょ、ちょっとあらやだ。え、ここに新コーナーをつくるの?
ちょ、ちょっとレンズを触らないでしょ!気をつけて持ってちょうだい!!
- 男
- 大丈夫ですか?!
- 女
- いや.!!
- 一本一万円.のコーナーにいる眼鏡が店員に持ち上げられて移動させられる。
- 女
- ……ふぅ、なんなのよ、急に。こんなに雑に扱われたのなんて初めてだわ
- 男
- あの……
- 女
- なによ
- 男
- きちゃいましたね、あなたも
- 女
- え
- 男
- こちら側に
- 女
- あ……三本5千円コーナー……うそ、最悪……
- そこへ大学生の男の子が来店する。
- 男
- あ!あの男の子
- 女
- ああ、あの野暮ったい?
- 男
- え、本当ですか?僕を買ってくれるんですか?!やった!!やったぞー!
- 女
- ええ、ちょっと私は?さっきまで一本1万円.だった私を差し置いて?!
- 男
- さようなら.、お元気で.!またクリーニングに時々来ますから.!
- 女
- なによ、急に偉そうに!ふん!ふん!!ふん!!!
- 話し相手がいなくなった元一本 1万円.の眼鏡は急に静かになる。
- 女
- シャネリの新作がなによ……………………昼寝でもしようかしら
- END