愛媛県・伊方町・佐田岬。
青い空。駐車場から、灯台に向かう遊歩道。男女、ふたり。
猛烈な風の音が聞こえる。
知保
灯台まで、この風の音。
浩司
ドラクエみたい。ドラクエのラスボス、全ての音が無音になって、こんな音だった。
知保
…全ての音が無音になる。今も同じだよね。
浩司
今は無音じゃないだろ。
知保
風の音が、佐田岬を包んで、私たちは風の音の中にいる。
風の音の向こう側は、実は今全く無音になっている…かもしれない。
浩司
ここ、ひとりで来れる?
知保
ひとりはやだよ。怖い。私、突発的に、崖から飛んでしまいそう。
浩司
ワーッて、なって?
知保
そう。音が迫って来て、耐えられなくて、ワーッてなる。
そうなったら、走り出しちゃうから。
知保が喋るのをやめて、立ち止まる。
浩司
はい、行くよ。
知保
うん。
浩司
…あと、灯台までどれだけ歩くんだ。
知保
駐車場から20分。
浩司
20分以上歩いてないか。
知保
ねえ。
浩司
うん?
知保
…自分が何かしてしまうかもしれないって怖くなったりしない?
浩司
無意識のうちに、ことを起こしてしまうかもしれないって?
知保
自分がコントロールできない恐怖。
浩司
アンコントロール。
知保
私を急に襲って、バラバラにしたりしない?
浩司
…あるかもな。
知保
あるの?私はしないよ。
浩司
…切羽詰まったら、相手をバラバラにする可能性が無いとはいえないだろ。
知保
…さっきからバラバラって、表現。怒られるよね。
浩司
文脈考えずに、言葉尻だけ攻撃するやつがいるからな。
知保
うん。
前から、灯台観光を終えた男性がやって来て、すれ違う。
男性
こんにちは。
知保
こんにちは。
浩司
…。観光する時に、見知らぬ同士が挨拶してすれ違うっての、俺が撲滅する。
知保
なにそれ。
浩司
なんか、恥ずかしいだろ。
知保が後ろを振り返る。
浩司
どうした?
知保
こんな、佐田岬の灯台に向かう遊歩道で、暴漢に襲われたら怖いじゃない。
助けを呼んでも、誰も来てくれない。
浩司
…ああ。地震が来ても、これだけ高いところなら、大丈夫だな。
知保
津波のこと?
浩司
そう。瀬戸内海まで、津波到達時間かかるだろ。
知保
ここ、どこだ。
浩司
え、佐田岬。
知保
何県?
浩司
愛媛県。
知保
何町ですか。
浩司
伊方町。え、なに。
知保
さっき、遠くから見えたでしょ。白い、丸い、屋根の。
浩司
ああ、伊方原発?
知保
いま、伊方原発になにか起こったら…佐田岬半島より西の住民は孤立する可能性があるって。
浩司
対策は?
知保
観光客がこんな場所にいて、同じように助けてもらえると思う?
浩司
いや、助けてもらえないと。
知保
アンコントロールになったら、それは難しいでしょ。
浩司
…あ、着いた。
知保
着いた。ここが、四国、最西端。
浩司
うん。
知保
そら恐ろしいね。
浩司
おう。
知保
海も、風も、白い、丸い屋根の建物も。そら恐ろしいね。
風が凄い音を立てて、吹き抜けて行く。