劇場の楽屋。
私はこの劇場の楽屋に住む女優。正確には元女優。というか、元人間。
つまりは幽霊。毎日毎日、楽屋で巻き起こる事件を見るのは、
舞台のお芝居よりも面白い。今日も、役者がひとり、初日を前に・・・
ねえ、静かにしてくれないかな?
え?
君のことだよ
あなた、私のこと見えるの?
ああ
そんな!恥ずかしい!
それはこっちの台詞だよ。
楽屋で一人悩む俺を見られてる方がよっぽど恥ずかしいよ
初めての一人芝居だもんね
そんなことまで聞こえてんの?
まあね
じゃあ、脚本が遅くて台詞が全然覚えられてないことも知ってるよね
もちろん
だったら、静かにしてくれないか?
ごめんなさい・・・・
分かってくれればいいんだ
分かってるよ、私
え?
練習するには相手が必要でしょ
は?
私、生きてた頃は女優だったの。分かってるよ、練習相手が必要なんでしょ
一人芝居だから
ト書き読むとか、台詞忘れてたりしたら教えてあげるし
いらない
そんなことないって
あのさ、君、なんで死んだの?
ここでやる本番に間に合わなくって、信号無視して車にどっかん
しょぼ
は?
遅刻するなんて、君、大した役者じゃないでしょ
そんなこと・・・・
何役?
通行人C・・・
通行人でしかもC、ABCのC、
立派な役です!舞台の上では主役も脇役もな・・・
あるよ
ありません!
俺、この劇場で一人芝居だよ。一人で前売り、完売だよ
すご・・・
だから、君の手助けなんていらないの
でも、あの・・・
台詞の返しが遅いよ
あ、はい
「あ」っていうのいらない
はい
あの世でシェイクスピアと稽古しな
一ベルが鳴る。
あー!もう、一ベルがなったじゃないか!
もうすぐ開幕よ!
全然台本頭に入んなかったよ!
どうしよう・・・
どうすんだよ。俺の役者生命をかけた舞台なんだぞ。
もう終わりだ。なにもかも・・・・
そうだ!私、プロンプしてあげる!
プロンプ?
私の声は貴方しか聞こえない。袖の中で台本、大声で読んだげる!
いらねーよ!
役者人生がかかってんでしょ・・・
通行人Cがでしゃばるな!
二ベルがなる。
わーい!!あくあく!幕があく!!
どうするの?
分かった!たのむ!
はい!
袖の中じゃなくて俺の真横で読んでくれ・・・
私が舞台に!
私はこの劇場の楽屋に住む女優。正確には元女優。というか、元人間。
つまりは幽霊。毎日毎日、楽屋で巻き起こる事件を見るのは、
舞台のお芝居よりも面白い。
けれど、今日、ついに私はあこがれの舞台に立つ。
そのまま成仏しなければいいけれど
(了)