- 劇場の楽屋。
- 女
- 私はこの劇場の楽屋に住む女優。正確には元女優。というか、元人間。
つまりは幽霊。毎日毎日、楽屋で巻き起こる事件を見るのは、
舞台のお芝居よりも面白い。今日も、役者がひとり、初日を前に・・・
- 男
- ねえ、静かにしてくれないかな?
- 女
- え?
- 男
- 君のことだよ
- 女
- あなた、私のこと見えるの?
- 男
- ああ
- 女
- そんな!恥ずかしい!
- 男
- それはこっちの台詞だよ。
楽屋で一人悩む俺を見られてる方がよっぽど恥ずかしいよ
- 女
- 初めての一人芝居だもんね
- 男
- そんなことまで聞こえてんの?
- 女
- まあね
- 男
- じゃあ、脚本が遅くて台詞が全然覚えられてないことも知ってるよね
- 女
- もちろん
- 男
- だったら、静かにしてくれないか?
- 女
- ごめんなさい・・・・
- 男
- 分かってくれればいいんだ
- 女
- 分かってるよ、私
- 男
- え?
- 女
- 練習するには相手が必要でしょ
- 男
- は?
- 女
- 私、生きてた頃は女優だったの。分かってるよ、練習相手が必要なんでしょ
- 男
- 一人芝居だから
- 女
- ト書き読むとか、台詞忘れてたりしたら教えてあげるし
- 男
- いらない
- 女
- そんなことないって
- 男
- あのさ、君、なんで死んだの?
- 女
- ここでやる本番に間に合わなくって、信号無視して車にどっかん
- 男
- しょぼ
- 女
- は?
- 男
- 遅刻するなんて、君、大した役者じゃないでしょ
- 女
- そんなこと・・・・
- 男
- 何役?
- 女
- 通行人C・・・
- 男
- 通行人でしかもC、ABCのC、
- 女
- 立派な役です!舞台の上では主役も脇役もな・・・
- 男
- あるよ
- 女
- ありません!
- 男
- 俺、この劇場で一人芝居だよ。一人で前売り、完売だよ
- 女
- すご・・・
- 男
- だから、君の手助けなんていらないの
- 女
- でも、あの・・・
- 男
- 台詞の返しが遅いよ
- 女
- あ、はい
- 男
- 「あ」っていうのいらない
- 女
- はい
- 男
- あの世でシェイクスピアと稽古しな
- 一ベルが鳴る。
- 男
- あー!もう、一ベルがなったじゃないか!
- 女
- もうすぐ開幕よ!
- 男
- 全然台本頭に入んなかったよ!
- 女
- どうしよう・・・
- 男
- どうすんだよ。俺の役者生命をかけた舞台なんだぞ。
もう終わりだ。なにもかも・・・・
- 女
- そうだ!私、プロンプしてあげる!
- 男
- プロンプ?
- 女
- 私の声は貴方しか聞こえない。袖の中で台本、大声で読んだげる!
- 男
- いらねーよ!
- 女
- 役者人生がかかってんでしょ・・・
- 男
- 通行人Cがでしゃばるな!
- 二ベルがなる。
- 男
- わーい!!あくあく!幕があく!!
- 女
- どうするの?
- 男
- 分かった!たのむ!
- 女
- はい!
- 男
- 袖の中じゃなくて俺の真横で読んでくれ・・・
- 女
- 私が舞台に!
- 女
- 私はこの劇場の楽屋に住む女優。正確には元女優。というか、元人間。
つまりは幽霊。毎日毎日、楽屋で巻き起こる事件を見るのは、
舞台のお芝居よりも面白い。
けれど、今日、ついに私はあこがれの舞台に立つ。
そのまま成仏しなければいいけれど
- (了)