- 火星の宇宙港。
港内放送と人のざわめき。
- 男
- 今、火星・・・火星!(声が大きくなる)
- 携帯電話を片手に、若い会社員風の男が歩いている。
- 男
- 火星の宇宙港だよ。・・・なんでって、仕事だって。
- あきらかに苛立っている様子の男。
- 男
- ・あぁ・・・うん・・・うん・・・。
- うんざりしている様子の男。
- 男
- いやだから俺言ったけど、あの・・・なに?・・・はあ~(大きなため息)・・・いや、今そんなこと言っても仕方ないだろ・・・もう切るから・・・あぁ・・・
いや、仕事だから・・・とにかく、地球に帰ったら連絡するから・・・・
いや、たぶん明日・・・夕方ぐらい・・・うん・・・あぁ・・・じゃあ。
- 男、電話を切る。
- 男
- はぁ!
- 苛立ったため息を吐く男。
ふと、何かに気が付く。
- 男
- ん?あ・・・。あれかな?
- 宇宙港の送迎デッキの手すりのそばに、星を見ている犬型ロボットがいる。
- 男
- えっとー、君。君はHACHI(ハチ)2297-P65かな?
- ハチ
- ええ、そうよ。
- 男
- あぁ、よかった。すぐに見つかった。
- ハチ
- 喧嘩してるの?
- 男
- え?
- ハチ
- 喧嘩はよくないわ。
- 男
- は?
- ハチ
- 彼女、今頃悲しい気持ちになってるわね。
- 男
- あ?・・・あぁ!さっきの電話ね!聞いてたのか!
- ハチ
- ええ。
- 男
- さすがロボットだな!耳がいい!
- ハチ
- それほどでもないわ。
- 男
- 僕は、MATSUDAロボットリースの者だよ。君を迎えに来たんだ。
- ハチ
- 迎えに?
- 男
- そうだよ。僕と一緒に地球に戻ろう。
- ハチ
- だめよ。
- 男
- は?
- ハチ
- 私、ここでご主人様を待ってるの。
- 男
- あぁ・・・君のご主人様はね、亡くなったんだよ。
- ハチ
- 亡くなった?
- 男
- そうだよ。先日の事故でね。貨物船と隕石が衝突した事故、あっただろ?
- ハチ
- そうなの?
- 男
- ああ。あれは不幸な事故だった。あんな小さな石なのにね。
- ハチ
- ふーん。
- 男
- とにかく、君はもうご主人様を待たなくていいんだ。君の仕事は終わりだよ。
- ハチ
- 終わり?
- 男
- うん。だから僕と一緒に地球に戻るんだ。
- ハチ
- だめよ。
- 男
- は?
- ハチ
- 私、ここでご主人様を待ってるの。
- 男
- いや、だから、君のご主人様は亡くなったんだよ。もうここへは来ない。
- ハチ
- どうして?
- 男
- どうしてって・・・はあ~(ため息)参ったな。
- ハチ
- 私、ご主人様が大好きなの。早くご主人様に会いたいわ。
- 男
- あぁ、君は、ご主人に忠実な忠犬ハチ公をモデルに作られた犬型ロボットだからね。
ご主人を待つようにプログラムされているからそう思うんだよ。
- ハチ
- そうなの?
- 男
- そうだよ。君みたいなロボットは、今大人気なんだ。孤独な人が多いんだな。
予約が一杯なんだから、早く帰って、次のお客のためにプログラムをリセットしないと。
- ハチ
- ふーん。
- 男
- さ、行こう。
- ハチ
- だめよ。私、ここでご主人様を待ってるの。そうじゃないと、ご主人様が悲しむわ。
- 男
- おい!(ちょっと苛立つ男)
- ハチ
- ご主人様は、一人なの。
- 男
- ・・・・・。
- ハチ
- ご主人様は、家族もいないのよ。いつも無口なの。
- 男
- ・・・・・。
- ハチ
- ご主人様が帰ってきたら、いつも尻尾をふってお迎えするの。わんわん!はっはっ!
- 男
- 急に犬っぽくなったな。
- ハチ
- それから、ご主人様は頭をなでてくれるわ。
- 男
- そうかそうか。
- ハチ
- ご主人様は、寂しいの?
- 男
- 俺に聞かれても知らん!
- ハチ
- ・・・・・。
- 男
- さ、もう行こう。今からなら、最終のに乗れそうだ。
- ハチ
- 明日は彼女に会うんでしょ?
- 男
- ・・・さあ。
- ハチ
- ただいまって言ってあげてね。
- 男
- うーん・・・。
- ハチ
- 彼女、きっと待ってるわ。
- 男
- ・・・・・。
- ハチ
- あ、宇宙船が飛び立ったわ。どこに行くのかしら?
- 男
- あれは、木星のエウロパ行きだな。
- ハチ
- あ、もうあんなに小さくなって・・・星みたいね。
- 男
- ・・・・・。
- ハチ
- 私の声、あの星たちに届くかしら?
- 男
- さあ・・・。
- ハチ
- おーい!ご主人様―!早く帰ってきてねー!わんわん!
- 真っ暗な宇宙空間に、星が輝いている