- とある美術大学のキャンパス。
男が扉のオブジェを開けては閉め、開けては閉め、ただそれだけを延々と繰り返している。
ガチャリ、ギー、パタンという扉の音だけが何度も響く。
女がそれをつまらなそうに見ている。
- 女
- ねぇ、いつまでやってるの?
- 男
- 決まらないんだ。この作品のタイトル
- 女
- 作品って……ただの扉じゃない(男に聞こえないように呟く)
- ガチャリ、ギー、パタン。ガチャリ、ギー、パタン。
- 男
- こう、扉を前にするとさ。わくわくするんだよね。開けたら何があるんだろうとか、
この向こうに誰がいて、今この瞬間どんなことが起きてるんだろうとか
- 女
- でも、ここ校舎内だし。開けた先になにがあるかはわかってるでしょ。
いつもと変わらない、ただの展示室よ
- 男
- そんなことないよ。ほら、こう扉を開けるだろ
- ガチャリ。ギー。
- 男
- 今は開けた先に君が座ってる。つまらなさそうな顔をして。さっきまではなかったものだ
- 女
- 先生も言ってたよ。あなたは本気を出せば賞をとれるくらいの力があるのに、
なんだって、こんななんの変哲もない扉なんか作ったんだろうって
- 男
- 賞なんてどうでもいいよ。ねぇ、タイトル、何がいいと思う?
- 女
- 才能あるひとはお気楽でいいわよね
- 男
- ほら、そこの窓から木の枝が見えるだろ。
君が来る前、扉を開けたら一羽のスズメが止まってたんだ。
でも、その次開けた時には、そのスズメはいなくなってた。
だから僕はこの作品を『消失』と呼ぼうと思ったんだ
- 女
- いいんじゃない、それで
- 男
- ところがだよ、もう一度扉を開けたとき、そのスズメが戻ってきていて、
さらにもう一羽、スズメが飛んできたんだ
- 女
- ……なにが言いたいのかさっぱりわかんない
- 男
- この作品はさ、開けたその先にあるもの、瞬間、瞬間で変わっちゃうんだよ。
だからタイトルがなかなか決まんなくって
- 女
- それよりお腹減った
- 男
- お、いいね。タイトルは『空腹』
- 女
- もういい加減にしてよ。私にはどこにでもあるような、なんの意識もしないで
部屋を行き来するだけのために開けたり閉めたりする、ただの扉にしか見えないの!
- パタン。
男は扉を閉めてしまう。
- 女
- ……ちょっと、なによ。怒ったの?ねぇ、ねぇってば……違うの。ちょっと今、
描いてる絵が上手くいかなくて、なんていうか、その、八つ当たり。ねぇ……
- 返事はない。女はためらうも扉をノックする。
コン、コン。
- 女
- ごめんなさい
- ガチャリ、ギー。
- 男
- ……タイトル、決まったよ
- 女
- え?
- 男
- 『仲直り』」
- END