リビング。休日を家で過ごす若い夫婦。夫が扇風機の前を陣取っている。
アー、我々ハ、宇宙人ダ
あのね、昭和の小学生じゃないんだから
子どもの頃にやらなかった?
やらないわよ。だいたいね、宇宙人が自分のことを宇宙人だって名乗るわけないでしょ
そういう問題じゃなくってさぁ……ねぇ
なに
クーラーつけ……
ませんからね
ケチ
じゃあこないだ勝手に買ってきたゴルフクラブ売ってもいいんだ?
……扇風機でいいです
あ、そうそう、それにね。窓を開けてた方がいいことだってあるのよ、ほら
妻は棚をあけ、箱の中から風鈴を出す。リーンと涼し気な音がなる。
いいでしょ。こないだバザーでみつけちゃって。どう?昔ながらの夏ってかんじでしょ
妻はベランダのカーテンレールに風鈴を飾る。
まぁ……悪くないけど。あ、アイス、アイスっと
ちょっと、食べて寝てばっかりいたら牛になるわよ
牛って……昭和のおばあちゃんじゃないんだから
おばあちゃんは余計。私、そろそろ夕飯の買い出し行くけど
いってらっしゃい
もー、たまには手伝ってよね
妻は家を出る。リーン、リーンと鳴る風鈴。
あー暑い……
リーン、リーンという音の間に少しずつモーという牛の鳴き声がし始める。
リーン、リーン、リーン、モー、リーン、リーン、リーン、モー、モー、モー……
……モー?
夫が振り返るとベランダに何故か牛がいる。
う、牛?!え?おい、ちょ、ちょっとこんなのどこから?!
ベランダから部屋にずかずかと入って来る牛。一匹ではなく、次々と入ってくる。
え?おい、入ってくんなよ!おい!って何匹いるんだよこれ!!
モーモーモーと鳴き声を上げながら牛は夫を取り囲む。
ち、ちがうぞ!俺はお前たちの仲間じゃないってば!わ、ちょっと懐くな!や、やめてくれー!
鳴き声はどんどん大きくなっていく。と、玄関の扉がガチャリと開き、風鈴が大きくリーンと鳴る。
もー
へっ?
嫌になっちゃう。お財布、忘れて出ちゃった……どうしたの?
どうしたって……あれ?いない……
さっきまで夫を取り囲んでいた牛達はどこにもいない。
もう一回行ってくるわ
あ……あの、俺も行こうかな、たまには
どうしたの珍しい
いや、俺……牛になりたくないし
なにか言った?あ、ついてくるなら扇風機消してよね
あ、ああ
妻と夫は連れ立って、スーパーへと向かう。
誰もいなくなった部屋のベランダでは静かに風鈴の音がリーン、リーンと涼し気な音色を奏でている。
END