- リビング。休日を家で過ごす若い夫婦。夫が扇風機の前を陣取っている。
- 夫
- アー、我々ハ、宇宙人ダ
- 妻
- あのね、昭和の小学生じゃないんだから
- 夫
- 子どもの頃にやらなかった?
- 妻
- やらないわよ。だいたいね、宇宙人が自分のことを宇宙人だって名乗るわけないでしょ
- 夫
- そういう問題じゃなくってさぁ……ねぇ
- 妻
- なに
- 夫
- クーラーつけ……
- 妻
- ませんからね
- 夫
- ケチ
- 妻
- じゃあこないだ勝手に買ってきたゴルフクラブ売ってもいいんだ?
- 夫
- ……扇風機でいいです
- 妻
- あ、そうそう、それにね。窓を開けてた方がいいことだってあるのよ、ほら
- 妻は棚をあけ、箱の中から風鈴を出す。リーンと涼し気な音がなる。
- 夫
- あ
- 妻
- いいでしょ。こないだバザーでみつけちゃって。どう?昔ながらの夏ってかんじでしょ
- 妻はベランダのカーテンレールに風鈴を飾る。
- 夫
- まぁ……悪くないけど。あ、アイス、アイスっと
- 妻
- ちょっと、食べて寝てばっかりいたら牛になるわよ
- 夫
- 牛って……昭和のおばあちゃんじゃないんだから
- 妻
- おばあちゃんは余計。私、そろそろ夕飯の買い出し行くけど
- 夫
- いってらっしゃい
- 妻
- もー、たまには手伝ってよね
- 妻は家を出る。リーン、リーンと鳴る風鈴。
- 夫
- あー暑い……
- リーン、リーンという音の間に少しずつモーという牛の鳴き声がし始める。
リーン、リーン、リーン、モー、リーン、リーン、リーン、モー、モー、モー……
- 夫
- ……モー?
- 夫が振り返るとベランダに何故か牛がいる。
- 夫
- う、牛?!え?おい、ちょ、ちょっとこんなのどこから?!
- ベランダから部屋にずかずかと入って来る牛。一匹ではなく、次々と入ってくる。
- 夫
- え?おい、入ってくんなよ!おい!って何匹いるんだよこれ!!
- モーモーモーと鳴き声を上げながら牛は夫を取り囲む。
- 夫
- ち、ちがうぞ!俺はお前たちの仲間じゃないってば!わ、ちょっと懐くな!や、やめてくれー!
- 鳴き声はどんどん大きくなっていく。と、玄関の扉がガチャリと開き、風鈴が大きくリーンと鳴る。
- 妻
- もー
- 夫
- へっ?
- 妻
- 嫌になっちゃう。お財布、忘れて出ちゃった……どうしたの?
- 夫
- どうしたって……あれ?いない……
- さっきまで夫を取り囲んでいた牛達はどこにもいない。
- 妻
- もう一回行ってくるわ
- 夫
- あ……あの、俺も行こうかな、たまには
- 妻
- どうしたの珍しい
- 夫
- いや、俺……牛になりたくないし
- 妻
- なにか言った?あ、ついてくるなら扇風機消してよね
- 夫
- あ、ああ
- 妻と夫は連れ立って、スーパーへと向かう。
誰もいなくなった部屋のベランダでは静かに風鈴の音がリーン、リーンと涼し気な音色を奏でている。
- END