- 女
- ある晩、夜道を足取り重く歩いていると何かがコロコロと坂を転がっている。
まさかと思い近づいてみるとやはりスイカである。
- スイカ
- こんばんは。
- 女
- …こんばんは。
- スイカ
- 暑いですね。
- 女
- ええ。とっても。
- スイカ
- 記録的な猛暑だそうで。
- 女
- ええ。みたいですね。
- スイカ
- 仕事帰りですか?
- 女
- はい。
- スイカ
- 遅くまで大変ですね。
- 女
- いえ。慣れてるんで。
- コロコロと音がする。
- スイカ
- 変だと思ってます?
- 女
- え?
- スイカ
- いや。転がるスイカ。
- 女
- ええ。まぁ。
- スイカ
- 転がってみてわかったんですが、平らな地面っていうのはこの世界にはないようで。一度転がり始めたら止まることはできないようで。
- 女
- どれぐらい転がっているんですか。
- スイカ
- もう3週間ほどになります。止まろうにも止まれないんです。
- 女
- それは大変ですね。止めましょうか?
- スイカ
- いえ。結構。最初は僕も止まりたいなぁ、止まりたいなぁと思っていたんです。
スイカはスイカ畑に身を潜めてこそであります。
だからこんなにも迷彩カラーのボディをしているわけだし。
じゃないとこの黒と緑の縞々の意味がわからない。
- 女
- ではなぜ?
- スイカ
- 転がり始めてから一週間後、僕は突如、激しくも甘美な天啓を受けました。
そしてすべてを悟りました。なぜ転がるはずのないスイカが転がっているか。
そして僕はいったいどこへ向かっているのか。
- 女
- …どこへ向かっているんですか?
- スイカ
- 駐屯地です。優秀なスイカが集まるスイカ駐屯地です。
そこで僕は「スイカの、スイカによる、スイカのための演説」を
行わなければならないのです。お気づきですか?
- 女
- え?何をです?
- スイカ
- (努めて冷静に、しかし嬉しくて堪らないといった様子で)
つまり、僕がスイカーンだということを…
- 女
- …なんですか?すいかーんって?
- スイカ
- この世界を変えるスイカのことですよ。
私が人間の世界をスイカの世界に変えるんです。
- 女
- …すいかーん。
- スイカ
- ここであなたに会ったのも何かの縁。スイカーンとして忠告したいことがあります。一年後、ここは戦場になります。スイカの大反乱が起きるのです。
その前に国外へ逃げてください。私はあなたを傷つけたくはない。
- 女
- 私はこのスイカは狂っているのだと思った。そしてこうも同時に思った。
狂ったスイカは甘いのだろうか…?
- スイカ
- …どうしました?
- 女
- え?
- スイカ
- いえ。涎が…。
- 女
- 私は涎をぬぐうとスイカを手に取り家へと向かった。
いつの間にか足どりは軽くなっていた。
今日、会社であった嫌なことも綺麗さっぱり忘れていた。
家にいる彼氏のことを思い出す。そうだ。彼と一緒にスイカを食べよう。
- ドアの音。
- 女
- ただいまー。スイカ、買ってきたよ?
- 終わり。