パソコンのタイプ音が聞こえてくる。
- 夜中の0時。
男が椅子に座っている。
- 男
- 明日締め切りの原稿を睨んでいると椅子が俺に話しかけてきた。
- 椅子
- 助けてください。
- 男
- ……
- 椅子
- 助けてください。
- 男
- 悪い。今、忙しい。
- 椅子
- でも書けてないじゃないですか。
- 男
- 今から書くんだよ。
- 椅子
- 書けますか?
- 男
- 書くよ。仕事だからね。
- 椅子
- もう間に合いませんよ。
- 男
- ……間に合うか間に合わないかはおまえが決めることじゃないよ。
- 椅子
- 助けてください。
- 男
- あ?
- 椅子
- 魔女に閉じ込められたんです。元々私、椅子じゃありません。人間です。
- 男
- ……やっぱりおまえなんか買わなきゃよかった。
- 椅子
- ありがとうございます。こんな私を買ってくれて。
- 男
- なんでおまえみたいなボロ椅子を買ったのか、自分でもよくわからないよ。
しかもよく喋る。
- 椅子
- あなたが私を見つけた時、私、とても力強く念じたんです。私を買って。
- 男
- 朝になったら捨ててやる。それまで黙ってて。
- 椅子
- あなたは私を捨てられません。
- 男
- 捨てるよ。
- 椅子
- もし私を助けてくれたら、あなたに原稿を書かせてあげます。
- 男
- ……何?手伝ってくれるの?椅子のおまえが?
- 椅子
- たくさんの作家が私に座っていきました。
ほら。そこの本棚にある、あの本を書いた作家だって……
- 男
- ……
- 椅子
- 信じませんか?
- 男
- 信じないね。信じようがない。
- 椅子
- 別に信じて頂かなくて結構です。
私が言いたいのは、私を助けてくれたら原稿が書けますよ。それだけ。
切羽詰まってるんでしょ?試しに私を助けてみるのもありなのでは?
- 間
- 男
- ……どうしろと?
- 椅子
- 抱きしめてください。
- 男
- ……
- 椅子
- そして足にキスをしてください。
- 男
- ……
- 椅子
- 大丈夫です。誰も見ていません……
- 男は立ち上がり椅子を抱きしめる。
- 男
- 俺はいわれるがままに椅子を抱きしめキスをした。
欲情した……俺は椅子に閉じ込められる。
- 女
- しばらくそこにいておいてください。原稿は私が書いておきます。
- 女
- 朝がやってくる。私は庭に椅子を放り出すとガソリンをかけて椅子を燃やした。
- 終わり。