- 若い画家が、同じように若い女を描いている。
鉛筆を紙に走らせる音。
- 画家
- もう少し、右を向いてくれないか?
- 女
- こう?
- 画家
- うん。それからちょっとうつむく
- 女
- こんな感じ?
- 画家
- ああ、いいよ
- 女
- 随分、鉛筆の芯が長いのね
- 画家
- この方が描き易いから
- 女
- 私、しゃべってても大丈夫かしら?
- 画家
- あんまり口を大きく開けなければね
- 女
- そんなに大きい?私の口
- 画家
- 小さいよ
- 女
- そうでしょ。そのくせ、唇は分厚くって
- 画家
- そこがいいじゃないか
- 女
- そうかな?
- 画家
- そうだよ
- 女
- ほんと、綺麗に描いてよね
- 画家
- さあ、それはどうかな
- 女
- え?
- 画家
- 見たままを描くのが絵描きの仕事だから
- 女
- じゃあ、私の見たままは綺麗じゃないってこと?
- 画家
- そういう意味じゃないよ
- 女
- じゃあ、どういう意味?
- 画家
- 誇張しては描けないって意味さ
- 女
- つまんないのね
- 画家
- まあ、ぼくはそういうタイプだから。もう少し、右手をお腹に近づけて
- 女
- こう?
- 画家
- そうそう
- 女
- どうして私をモデルに選んだの?
- 画家
- 見たままの美しさがあったから
- 女
- ふーん。なんだか、とっても頭の悪い女みたい
- 画家
- そんなことないよ
- 女
- あなたには魅力的?
- 画家
- ああ
- 女
- だったら、あなたの目に映るように描いて欲しい。
私のこと、綺麗だって思うんだったら、もっと綺麗に描いて欲しい
- 画家
- しかし・・・
- 女
- でなきゃ、モデルやめる
- 画家
- そんな
- 女
- 私のこと、絵にしたい?
- 画家
- うん
- 女
- どうする?
- 画家
- えっと・・・
- 女
- もういいよ
- 画家
- あ!動かないで!
- 女
- 描いてくれるのね
- 画家
- 動かないで
- 女
- うん。そうする
- 画家
- そろそろ、しゃべるのやめようか
- 女
- いいけど、最後に一言いわせて
- 画家
- なんだい?
- 女
- 私のこと、愛してる?
- 画家
- 昨日出会ったばっかりだ
- 女
- そんなの関係ないわ
- 画家
- 僕は君のことをなにも知らない
- 女
- それも関係ない。愛しているかどうかを知りたいの
- 画家
- ・・してる
- 女
- なに?
- 画家
- 愛してる
- 女
- 私、黙るわ
- 画家
- 僕も、そうする
- 鉛筆の音、響く。
響きながら、時代は進む。
画家は老人になっている。相変わらず、絵を描いている。
メイドが現れる。
- メイド
- 先生、お茶の時間ですよ
- 画家
- おお、ありがとう
- メイド
- いつもいつも、同じ女性なんですね
- 画家
- ああ
- メイド
- その椅子に座っているんですか?
- 画家
- そうだよ。いつも、そこに座っている
- メイド
- ほんと、キレイな人
- 画家
- ああ、昔からずっと、いつまでも・・・
- (了)