- 一軒の昔ながらの文房具屋で、店主である年老いた男が少し眠たそうに店番をしている。
一人の中年女性が中へ入り声をかける。
- 女
- すいませーん
- 男
- あ、ああ。どうも、いらっしゃい
- 女
- 修正ペン、ありますか?
- 男
- はいはい、ありますよ。ええっと、こっちに
- 女
- あ、自分で取りますよ
- 男
- すいませんねぇ。座ってばかりいると、すっかり腰が曲がってしまって
- 女
- あら・・二種類ありますけど、どう違うんですか?
- 男
- 二種類?はて
- 女
- これとこれです
- 男
- ああ。こっちが普通の修正ペン。で、こっちが魔法の修正ペン
- 女
- まほ・・え?今、なんて?
- 男
- 魔法の修正ペンですよ
- 女
- ええと
- 男
- 必要としている人の前にしか現れないんです
- 女
- 私はただ昨日の日記をちょっと書き直すのに修正ペンが必要なだけなんですけど
- 男
- 日記を?日記はその日にあったことを書くもので、次の日になって書き直すものではないのでは?
- 女
- まぁそうなんですけど、昨日主人と喧嘩してしまって
- 男
- おやおや
- 女
- きっかけはたいしたことじゃないんですよ。確か、洗濯機のなかに靴下を丸めたまま入れてたとか、
トイレの電気を付けっぱなしだったとかで私が腹を立ててしまって
- 男
- ふむ、それで?
- 女
- で、思わず日記に書いちゃったんです。主人なんか消えちゃえって
- 男
- ほら
- 女
- ほら、って・・・?
- 男
- ですから、魔法の修正ペン。それは、消したいものを書いてなぞれば、それが消えて、
上から新しく書いたことが本当になるという不思議な修正ペンなんです
- 女
- 消えるって
- 男
- 例えば、野菜の嫌いな子どもが夕飯で人参が出て来たら、紙切れにそれを思い浮かべながら
『人参』と書いて修正ペンでなぞります。そうしたら目の前から人参は消えてしまう。
そしてそのうえから『ハンバーグ』と書くと美味しそうなハンバーグが
- 女
- まさか
- 男
- 手のかかるご主人を消してしまって、最近流行りの料理や育児が得意な夫を望むのもまた一興
- 女
- ・・・・・・
- 男
- で、どちらを購入されますかな
- 女
- ・・こっちをください
- 男
- こちらは・・おや、本当にいいんですか?
- 女
- ええ、いいんです。普通の修正ペンで
- 男
- なんだかんだ愛してらっしゃるんですね
- 女
- やめてくださいよ。ただ、夫婦のいざこざを修正できるのは魔法なんかじゃないんです。
帰って久し振りにハンバーグでも作ることにします
- 男
- ハンバーグ?それが魔法よりも力があるっていうんですか?
- 女
- 主人の好物なんです。子どもみたいでしょ、いい歳して
- 男
- なるほどね。では、こちらの普通の修正ペンを
- レジがチーンとなり、お会計を済ます女性。
- 女
- ほんとはそんな魔法の修正ペンなんてないんでしょ
- 男
- さぁどうでしょうね。はい、どうぞ
- 女
- ありがとう
- 女性は店を出る。
- 男
- ふむ。今夜はうちもハンバーグにするか
- かつて人参が嫌いな子どもだった老人は、美味しそうなハンバーグを思い描きながら、
またうとうとし始める。
- END