車の急ブレーキ音。
ドンと鈍い音。
宙を舞いながら考える。
好きだって言えなかったことが私の人生にはあまりにも多かったことを。
あの時好きだって言っていれば、もしかしたら今日、
こんな目にあっていないかもしれない
あとはここにお前のサイン書くだけだから
うん・・・でも
あれだけ話し合ったんだからもういいだろ
うん
結婚する時も別れる時もうんだけか
うん・・・あのね
なに?
あの・・・あの
今でも好きです。これからも、ずっと一緒にいたい。・・・
風景がゆっくりと鮮やかに目に映る。晴れ渡った空に浮かぶ、小さな雲が見える。あれは私だ。16才の私だ
蝉の声。
お前、ほんとに雲みてえだな
そうかな
すんげーふわふわしてる
しっかりした所もあるよ
ないない。いつ見ても風に流されてる
ひどい。私のことそんな風に見てたんだ
いつも
え?
いっつも見てたよ。だって俺、お前のこと好きだから
私も好きだよ!
大きく声を出してみようとするけれど、金魚みたいに口がぱくぱくと動くだけ。道路脇の家の玄関に立っている男の人が驚いた顔で私を見ている。
あの時のお父さんと同じように
おおー!いつのまに逆上がり出来るようになったんだ?
えへへ
お父さん、ほんとにびっくりしたぞ
うん。お父さんも出来る?
当たり前だ!よく見てろ!そら!そら!
できないじゃーん
そりゃああ!あいたたた!
大丈夫?
格好悪いお父さんでごめんな
でもね、でもね、環、そんなお父さん・・・
地面に叩きつけられる、重苦しい音。
赤ん坊の泣き声。
ほら、見てみろ、お前に似てカワイイ女の子だ
目元はあなた似だわ
口の形はお前にそっくりだ
ほんとだ
ほれほれほれ、お父さん好きかあ?
まだしゃべれないわよ
お母さんは大好きかあ?べろべろべろ
もう、あなたったら
あ!
どしたの?
今、好きっていったぞ!
そんなことあるわけないでしょ
いいや、確かに言った。お父さんにはちゃあんと聞こえた。
偉いぞ、偉い子だあ!
赤ん坊の泣き声大きく。
(了)