- ――男女。二人が同棲している部屋。
- 男
- 僕は空を飛べる
- 女
- 本当に飛べるの?
- 男
- ああ。自在さ
- 女
- そんなに言うのなら、一度でいいから空を飛んでいる姿を見せてよ
- 男
- 今日は体調が良くないから無理だよ
- 女
- いつもじゃん
- 男
- 何が?
- 女
- いつ頼んでも体調が悪いじゃん。体調が良いときなんてあるの?
いつだったら体調が良いの?
- 男
- 君が僕に空を飛ぶことを頼んで来たときは、例外なく体調が良くない。
不思議と君は僕の体調が良いときに限って、空を飛ぶことを頼んで来ない
- 女
- 体調が良いときなんてあるんだね
- 男
- 体調なんて良いときばかりさ
- 女
- でも、頼むときは、良くないときばかり。
一度でいいから空を飛んでいる姿を見てみたいものだわ
- 男
- いつか見られるさ
- 女
- そうだといいんだけど
- 男
- そんなことより、空を飛ぶように、いや、飛ぶ以上に気持ちの良いことをしようじゃないか
- 女
- ちょっとやめてよ。くすぐったい
- 男
- そんなに嫌がらなくたっていいだろう。夢見心地になれるんだぞ
- 女
- そういう気分じゃないの
- 男
- 興が覚めるなあ
- 女
- あなた、体調が良くなったんじゃない?
こんなことをしてくるくらいだもの。きっと体調が良くなったんだわ
- 男
- よくわかったね。見てごらん、僕はこんなにも体調が良い
- 女
- 体調が良いのなら、空を飛んでみせてよ
- 男
- それは、駄目だよ
- 女
- どうして?
- 男
- 体調が悪いからだよ。見てごらん、僕の体調はこんなにも悪くなってしまっている
- 女
- 駄目よ。さっきまで、あんなギンギンに体調が良かったんだもの。空を飛んでもらうわ
- 男
- わかったよ。飛ぶさ。飛んでやるさ
- ――マンションの屋上。強い風。
- 女
- というわけで、私達は高いところに来ました
- 男
- おい、君。高いじゃないか
- 女
- そうよ、ここは高いわ
- 男
- 君はここから飛べと言うんだな
- 女
- ええ
- 男
- でも、体調が悪いのは本当なんだ。それでも見たいのか
- 女
- 見てみたいわ
- 男
- そうか。なら飛ぼう
- ――足を踏み出す音。
- 女
- え。本当に飛ぶ気なの?
- 男
- 僕はこの大空を自在に飛びまわることができる
- 女
- あなた、今まで一度でも空を飛んだことはあるの?
- 男
- 一度もないよ
- 女
- え、一度もないの? 一度もないのに、空を飛べるなんて言っていたの?
- 男
- 一度も空を飛んだことがないのは体調が悪かったからだよ
- 女
- 体調の問題じゃないでしょ
- 男
- いや、体調の問題だよ。
もし、体験したことがないくらい僕の体調が良ければ、空を飛べると思うんだ
- 女
- そうかな。そうかもしれないわね
- 男
- でも、今はやっぱり無理だ。
体調が悪いわけじゃないけど、特別良いわけじゃない。いいかな
- 女
- わかった。許してあげる
- 男
- ありがとう。部屋に戻ろう。寒くなってきた
- 女
- ちょっと待って、あなた
- 男
- なんだよ、君。……おお。凄いな
- 女
- 夜が明けるわ。新しい一日が私達を祝福してくれてる
- ――終わり。