- 女
- 「あんたなんてもう飽き飽きよ!」と、夫に怒鳴り散らしてしまいたかった。
新婚の頃の甘い時間はとっくの昔に苦くて、辛い時間に変わってしまっていた。
無口で無関心な夫との二人だけのスモール・ワールドに、私は耐えられないでいる
- ※
- 店員
- いらっしゃいませ
- 女
- 今日はどんなのが入ってる?
- 店員
- えーっとですね、これなんかどうです?
- 女
- うわあ、素敵
- 店員
- 素朴な作りですけど、よくお似合いですよ
- 女
- 一目惚れだわ。このイヤリング、ちょうだい
- 店員
- ありがとうございます。ほんとに、すごく似合ってますよ
- 女
- 私の好みの色だわ
- 店員
- 耳たぶの大きさとぴったりです
- ※
- 女
- たまった鬱憤は買い物で晴らす。
たいして稼ぎのない夫には悪いけど、こうでもしないと夫婦仲は崩壊だ。
特に大好きなイヤリングは、町で見つけた小さな雑貨屋で毎週のように買っている。とっても可愛い耳だねって夫から言われたのは、もう、随分昔のような気がする
- ※
扉が開く音。
- 女
- どこいくの?
- 夫
- でかけてくる
- 女
- たまの休みくらい、どっかにつれてってよ
- 夫
- まあ、そのうち
- 女
- そのうちっていつ?この所、しょっちゅう出かけてるじゃない
- 夫
- まあ、いろいろ用事があって
- 女
- 用事ってなんの?
- 夫
- まあ、ね
- 女
- ちょっと・・・・
- 扉がしまる音。
※
- 女
- 来週、思い切って探偵に夫の後をつけてもらおうと思っている。
女遊びでもしているような気配だ。もっともっとイヤリングが欲しくなる。
- ※
- 女
- これとこれ、両方ちょうだい!
- 店員
- はいはい、ありがとうございます
- 女
- ここにくれば、必ず私の好きなのが見つかるのよね
- 店員
- 実はですね、奥様がお選びになっているのは、
いつも同じ作家の一点ものなんですよ
- 女
- あら、そうなの
- 店員
- ええ
- 女
- きっと素敵な方なんでしょうね
- 店の扉が開く音。
- 店員
- いらっしゃいませ
- 女
- あなた・・・
- 夫
- お前
- 女
- こんな所でなにしてるの?
- 店員
- この方です
- 女
- え?
- 店員
- イヤリング作家は
- 女
- あなたが?
- 夫
- ああ、まあ、来月の結婚記念日になにかしたくてな
- ※
- 女
- 意見をききに雑貨屋へ持ち込んだイヤリングを、店主が気に入ったのだという。
それ以来、夫は試作品を作っては雑貨屋の店頭に並べたのだ。
結婚記念日当日、今まで隠しておいたイヤリングたちを見せると、夫は驚いた。
「世界ってとっても小さいんだな」とつぶやいた彼は、
新しいイヤリングを私にくれた。それはとてもとても小さくて、
でも、まるで世界そのもののように大きかった
- (了)