- 広い道。
男が直線を描くように真っ直ぐ歩いている。
同じ方角に向かって女がS字を描くように曲がりながら歩いている。
- 男の描く直線の先と女の描くS字の先が重なり、
まったく同じ位置に次の一歩を踏み出そうとして始めて相手の存在に気づく。
- 男
- これは、失敬
- 女
- あら、すみません
- お互い同時に譲り合い、同時に一歩を踏み出そうとしてしまう。
- 男
- どうぞお先に
- 女
- いえ、そちらが
- 男女
- では
- また同時に一歩を踏み出そうとし、ぶつかりかけて足を引く男女。互いに少し気まずそうに苦笑いする。
- 男女
- 失礼しました。では
- また同時に踏み出す。(何度か繰り返される)
- 男
- どうも気が合ってしまうようですね
- 女
- 困りましたね
- 男
- すみませんが、ここはひとつ私に道をお譲りいただけないでしょうか
- 女
- それはできません
- 男
- どうしてですか?あなたがちょっとずれて下されば、お互い先に進めると思うのですが
- 女
- それならあなたがずれて下さいませんでしょうか?そうすれば簡単に解決する話しですわ
- 男
- 誠に申し訳ないですが生まれてこのかた、道は真っ直ぐ歩くと決めているのです
- 女
- あら。私は生まれてこのかた、道はクネクネ曲がりながら歩くと決めているのです
- 男
- ・・なるほど、お互いの軌道がたまたま交差してしまったというわけですね
- 女
- しかも何度試しても同じタイミングで足を出してしまうなんて
- 男
- どちらに行かれるご予定ですか?
- 女
- すぐ先の駅まで。列車に乗りたいのです
- 男
- どこまでも気が合うようだ
- 女
- ではあなたも?
- 男
- ええ
- 女
- では・・・私を先に通らせて下さいませんか。あなたは真っ直ぐ歩くから時間もそうかからないと思いますが、私はクネクネ歩くので時間がかかるのです
- 男
- ああ、それもそうですね。分かりました。では一緒に『 1・2・3』と数えましょう。
『1』であなたが一歩目を踏んで下さい。私は『2』で一歩目を踏み出します
- 女
- なるほど。では『2』で私が二歩目を踏み出せば
- 男
- ぶつかることはない。『3』を数えるときにはただの他人に戻ります
- 女
- とても良い考えです、では
- 男女
- せーの『1』・・・
- 『1』と言い終わるか終わらないかで、どこかで犬が吠える。
- 男
- わぁっ!
- 女
- 大丈夫ですか?
- 男
- ああ、子どもの頃に噛まれてから大きな犬が苦手でして・・・すみません。
思わず『1』で一歩目を出してしまいました
- 女
- ・・・分かりました。急げばクネクネ歩いても発車時刻までには間に合いそうですし、
あなたが『1』で一歩目を出して下さい。私が『2』で一歩目を
- 男
- 感謝します、では
- 男女
- せーの『1』・・・
- 『1』と言い終わるか終わらないかで、どこかで鳥の鳴き声がする。
- 女
- ああ!
- 男
- どうされました?
- 女
- 今、鳴いた鳥の声が、昔飼っていて誤って逃がしてしまったインコの鳴き声にとても良く似ていたのです・・・すみません。思わず『 1』で一歩目を出してしまいました
- 遠くから汽笛が聞こえる。
- 男
- 列車が駅に着いてしまいますね
- 女
- 仕方がないですね。列車に乗るのは、また明日にします
- 列車が駅に入っていく。二人はそれをぼんやりと眺める。
- 男
- あのふと、考えたのですが・・・『3』を数えられない理由
- 女
- 私も今、それを考えていました
- 男
- まだ知り合ってもいないのに、他人にはなれません
- 女
- あなたが犬に噛まれたお話、少し興味があります
- 男
- あなたが飼っていたインコのお話、聞かせて頂けますか?
- 女
- ・・・そこに脇道があるでしょう。その先に小さな喫茶店があるんですが
- 男
- とても珈琲の美味しい
- 女
- ご存知ですか
- 男
- はい。私は真っ直ぐ歩きますがゆっくり進みますので一緒に向かいましょう
- 女
- では私はクネクネ歩きますが少し急ぎますので時々待っていて下さい
- 男
- 行く先が変わったので、同時に足を踏み出しても今度はぶつかりませんね
- 女
- あら、本当
- 二人は苦笑いでない、微笑みを見せる。
- 男女
- せーの『1』」
- END