- 物語の舞台は、宇宙空間である。宇宙には空気も酸素もないので、声は聞こえない。
けれどこの物語の登場人物たちは、どうしてなのか会話をしている。
宇宙には空気も酸素もないので、音は聞こえない。けれど、宇宙の音がしている。
それは人間が聞いたことのないような奇妙な音だろう。なにかが軋んでいるのか、伸びているのか、溶けているのか、固まっているのかわからないけれど、それが宇宙の空間の音なのだろう。
加えて、とても寂しそうな音であるようにも思う。そんな空間での物語。
ナレーションは、流れ星が語っているのかもしれないし、そうではないかもしれない。
*
- ナレーション
- 例えば。君がいなかったとしたら、まるで、違う星にいるみたいに、
息苦しいのだろう。君がいるから、きっと、ここには酸素があるんだ。
- おばあちゃん
- あの、すみません。
- どこからか、老婆の声がする。
- ナレーション
- そこは宇宙。老婆がいた。僕は驚いた。この無重力空間に、彼女はいた。
- おばあちゃん
- 誰かいませんか?
- 流れ星
- おばあちゃん?
- 老婆は、一人、誰かを探しているようだ。
- おばあちゃん
- あら、こんにちは。
- 流れ星
- 僕は、流れ星。太陽の周りをぐるぐるしてる。
- おばあちゃん
- そうですか。
- 流れ星
- おばあちゃん、ここ、危ないよ。小惑星がごろごろしている。
どうやってここまで来たの?おばあちゃん、地球の人でしょ?
- おばあちゃん
- わたしはねえ、歩いてここまできたんですよ。
- 流れ星
- え?歩いて?驚いたなあ。
- おばあちゃん
- あの、おじいさんを知りませんか?
- 流れ星
- え?
- おばあちゃん
- わたしね、おじいさんを探してるんですよ。
- 流れ星
- うーん・・・、見たことないなあ。
- おばあちゃん
- あの人ねえ、お散歩大好きだったから。
いっつも知らないあいだに、どこかに行っちゃって。
- 流れ星
- ・・・・
- おばあちゃん
- 喧嘩しちゃったんですよ。晩ご飯の献立てで。お鍋を食べていたんですけど、
おじいさん、魚が嫌いだったの。
でも、好き嫌いしちゃだめって、わたし叱っちゃって。」
- 流れ星
- そうなんだ・・・。でも、こんなとこにいないと思うよ?地球じゃないかなぁ。
- おばあちゃん
- 地球にはいませんよ。だって、おじいさん、先月亡くなっちゃたんですもの。
- 流れ星
- え?・・・・おじいさん、亡くなっちゃったんですか・・・?
- おばあちゃん
- ええ。
- 流れ星
- ・・・
- おばあちゃん
- でもねえ、わたし、見たんですよ。今朝、おじいさんが玄関を出ていくのを。
わたし、うれしくってねえ。それを追いかけて。
- 流れ星
- そうなんですか。
- おばあちゃん
- おじいさん、ほんとはすごく優しいんですよ。あの人と一緒なら、
どこにでもいけるって思ったわ。だからね、できることなら仲直りしたいんですよ。
- 流れ星
- 仲直り・・・。
- ナレーション
- そう話す、老婆の顔は、優しさにあふれていた。
- ふと、老婆が遠くを指差す。
- おばあちゃん
- あら。ねえ、流れ星さん。あの眩しいのはなに?
- 流れ星
- あれはベテルギウスっていう星だよ。
でも、あの星はもう寿命で、爆発しそうなんだ。
- おばあちゃん
- そうですか。
- 流れ星
- ・・・おばあちゃん?
- おばあちゃん
- あっちに。あの人が、いる気がするわ。
- ナレーション
- そう言い残すと、老婆は歩いて行った。柔らかく光る、星に向かって。
- 老婆の後ろ姿を見送る、流れ星。
- ナレーション
- そこには酸素がなかった。でも、二人だった。
二人でこの街に、この家に住もうって決めた。表札をかかげた。
そしたらそこに、酸素は沸き起こったのかもしれない。
- 流れ星
- 僕は姿が見えなくなるまで彼女を見送った。
そして、また、太陽の方へと泳いでいった。
- おわり