- 場面は男と女の部屋。二人は恋人同士で同棲している。時間は夜。
リビングのソファーには、男が居る。男は女に電話をかける。女電話に出る。
- 男
- もしもし。
- 男
- ああ俺。ジャイアンツ勝ってるよ。
- 女
- ごめん。今電車なの。切るね。
- 男
- あ。
- 女
- 電話を切る。男、ため息をつき、
リビングの冷蔵庫の中にある缶ビールを取り出し、空けて飲む。
- 男
- 僕と彼女が付き合い始めて、もうすぐ3年 になる。
僕たちは付き合ってすぐに同棲生活を始めた。
しかし、彼女と3年間生活を共にするのは並大抵のことではなかった。
なぜなら僕たちの趣味趣向がまるで違うからだ。
例えを出すならまあ色々とあるけど、分かりやすいのはやっぱり野球だ。
彼女は筋金入りのジャイアンツファンで、
僕は生粋のタイガースファンである。これでは相性が良い訳がない。むしろ最悪だ。
さそり座とオリオン座も僕らの相性の悪さの前では舌を巻いて逃げて行く。
でもそんな僕たちが、二人とも共通して大好きなものが一つだけある。
それがビールである。それも好きな銘柄は、二人ともサッポロポロビールの黒ラベルと
きてる。僕たち二人の恋と愛の歴史はビールが作ってきたといっても過言ではないだろう。
僕たちは3年間、サッポロポロ黒ラベルのロゴである黄金の北極星を道しるべにして、
暇があればひたすらビールを飲み続けた。
そして3年という月日は、ビールの泡のように、淡く穏やかに二人の生活を変えて行く。
3年の間、彼女は高校で英語の教師になり、僕は仕事を辞めて無職になった。
やることがなくなった僕は、今日も、本日10本目となる缶ビールを空け、
テレビの野球中継を見ながら、彼女の帰りを待っていた。
- 女
- ただいまー。
- 男
- おかえり。
- 女
- (冷蔵庫の中を見て)・・・・あれ?ビール・・・・。
- 男
- ごめん。飲んだ。
- 女
- 全部?
- 男
- うん。ほら見て。ジャイアンツ勝ってるよ。
- 女
- 信じらんない。言ったでしょ。私の分は残しといてって。
- 男
- ごめん・・・・。
勿論僕だって馬鹿じゃない。仕事から疲れて帰ってきた彼女の
たった一つの癒しである筈のビールを僕が残しておかない訳がない。
しかし今日 に限っては、僕は飲まずには居られなかった。
- 女
- もう最悪だわ。寝る。
- 男
- 待って!カスミさん。ちょっと良いかな。
- 女
- え・・・・?
- 男
- 僕は意を決して立ち上がった。僕の足は震えていた。
- 女
- な、何?
- 男
- あのさ。結婚しないか?
- 女
- ・・・・は?
- 男
- Would you marry me?
- 女
- 酔ってんの?
- 男
- はいこれ。(指輪を見せる)
- 女
- 指輪・・・・。
- 男
- 退職金で買ったんだ。
- 女
- ・・・・本気?
- 男
- 本気だよ。Would you marry me? ・・・・あ、言葉合ってるよね。
- 女
- ・・・・ビール。
- 男
- え?
- 女
- こぼれてる。
- 男
- わ!もったいね・・・・。(ビールを布巾かなんかで拭こうとする)
- 女
- Never crying over split beer.
- 男
- え?
- 女
- ・・・・後悔しても知らないから。
- 男
- ビール買いに行かないか。
- 女
- うん。
- 男
- その日、僕らは久しぶりに手を繋いで歩いた。
夜空には、あのサッポロポロビールの北極星が煌々と輝いていた。
- 女
- あーあ。ジャイアンツ負けた。
- 男
- 残念。
- 女
- 嬉しいくせに。
- 男
- 今日だけはジャイアンツファンだよ。
- 女
- 嘘でしょ。
- 男
- 嘘だよ。
- 女
- あんま飲みすぎないでね。
- 男
- うん。
- 女
- 少しは働いてよね。
- 男
- うん。
- 女
- これからもよろしくね。
- 男
- うん。・・・・
月日はビールの泡のように、淡く穏やかに二人の生活を変えて行く。
僕たちの未来がどうなろうと、過ぎ去った日々はもう帰らない。
こぼれたビールももう元には戻らない。Never crying over split beer.
- -終