- 人々のざわめきの中、アナウンスが聞こえる。
アナウンス 「これよりパレードを開催いたします。皆さん、道をお開け下さい」
子どもたちの歓声と共に拍手が起こる。
- 王様
- 「私は王である。暑い暑い夏が終わり、
これからの季節は私の務めの日々がこうして再び始まるのだ。」
- 子供の声 わー、こっち向いてーペンギンさーん。
ペンギンの鳴き声。
子供の声 わー、ペンギンさんがこっち向いてくれた!わー!
- 王様
- 「何?王様じゃなくてペンギンじゃないかって?
私は正真正銘の王なのだ。嘘だと思うのなら図鑑を開いてみるといい。
キングペンギンのページに確かに載っているのだから。
他にもオオサマペンギン、王ペンギンとも言われている。
どの名も嘘偽りないペンギンの中の王様なのだ。
えっ・・・コウテイペンギンの次に大きいんじゃないかって?
とにかく、いいじゃないか、王と名がつくのは私だけなのだから」
- 飼育員
- あらあら、久しぶりのお散歩なのに・・・浮かない顔ですね。
- 王様
- 飼育員殿、久しぶりとは言え、私がこうやって散歩をするのは秋から春まで。
しかも、景色は常に一緒だ・・・・人人人。
君たちの世界で言えばマンネリというらしいな、この気持ちのことを。
- 飼育員
- まあ、王様・・・・・・・・。
- 王様
- 私は、「水族館」という国に生まれ育った身だ。
外の世界のことを何一つ知らないし、見たこともない。
聞けば、飼育員殿はこの国外から毎日通っていると・・・・本当なのか?
- 飼育員
- ええ、そうです。
- 王様
- ほほう・・・・毎日、船でこの海を渡ってきているのかね?
- 飼育員
- いいえ、電車で通っております。
- 王様
- ほほう・・・・・電車?
- 飼育員
- 興味ありますか、王様?
- 王様
- 勿論だよ・・・・・この目で見てみたいし・・・・一度乗ってみたいものだなあ。
しかし、王がこの国を離れるわけにはいかないから、叶わぬ夢だろうなあ。
- 飼育員
- 大丈夫ですよ、一緒に乗りましょう。
- 王様
- えっ!?
- 飼育員
- 王様に丁度・・・・・一日駅長という仕事が来ております。
- 王様
- イチニチエキチョウ?
- 飼育員
- そうですね、重大な外交のお仕事です。
- 王様
- イチニチエキチョウか・・・・。
- 電車のラッシュ音が聞こえてくる。
駅のホームでごった返す人々。
- 王様
- このいくつもくっついて動いているのが、電車なのかね?
- 飼育員
- はい。
- 王様
- 人間がぎっしり詰まっているのに、重みを感じさせずに動くとは、大したものだ。
水族館よりも小さいスペースに人がひしめきあっている・・・・うーむ。
- 飼育員
- さあ、王様・・・私たちも乗りますよ。
- 王様
- ええっ・・・・!?
- ガタンガタンと電車の音。
- 王様
- これが・・・・電車か・・・・揺れて仕方ないなあ・・・・おっと。
- 飼育員
- (少し笑って)両足で踏ん張ると、よろめかずにすみますよ。
- 王様
- こ・・・・こうかね?
- 飼育員
- お上手です、王様。
- 王様
- しかし、やはりここでも人人人・・・・・外の景色は見えないのだね。
- 飼育員
- あ、私としたことが・・・・ちょっと失礼します。
じっとしてくださいね・・・・・よいしょっと。
- 王様
- き、君・・・・・いきなり抱きかかえてどうするんだ。
- 飼育員
- 窓をご覧ください、見えますか?
- 王様
- おお・・・・見える!見えるぞ!
どんどん景色が流れていく・・・・人も、空の鳥たちも、
こうやって向こうにいるなんて・・・・・世界はこんなに広いのか・・・
そして緑があんなに!
- 電車がホームにたどり着く。
- 王様
- 飼育員殿、今日は素晴らしい体験だった。
いつもいつも見られ続けている私が、外の景色を逆に見る立場になったのだ。
今日だけは王ではなく、平凡なペンギンとしていられたのだ。
- 飼育員
- また、一緒に乗りましょうね。
- 王様
- ああ・・・・・外交の仕事も素晴らしいが、王の務めもまた素晴らしい物かもしれない。
今日はそれに気づけてよかった。さあ、我が国「水族館」へ帰るとしよう。
- 飼育員
- はい、王様。
- 王様とペンギン、ふふと笑い合う。
- 終わり