- 一人の営業回りをしていた様子のスーツ姿の女性が駅の改札を出て人混みをぬって歩いている。
イライラとしている様子。しばらくして、立ち止まる。
- 女
- あ・・!もぅ・・伝線してる。あーあ
- 穴の開いたストッキングの先、道ばたに落ちている何かに目が止まる。
- 女
- ん?なんか落ちてる?なにこれ・・・ヒゲ?
- 付け髭のようなそれをしげしげと眺めていると、陽気なリズムが聴こえてくる。
ボワンッと煙が舞い上がり、そのヒゲからマラカスを持った派手な服装の陽気なおじさんが現れる。
- 女
- え?え?え?えええええええええええ!!
- 男
- ヒッゲー!!(オーレの発音)
- 女
- い、いま、あなた!ヒゲがヒゲでヒゲからそのヒゲが!!
- 男
- 失礼、浮かない顔した、セニョリータ!お困りですか?
- 女
- え、いえ、ちょっとストッキングが伝線してただけで
- 男
- オォ、ストッキングが伝線!!!!え?それだけ?
- 女
- そんなことより今どこから出て来たんです?!
- 男
- ワタクシのヒゲをみつけられたでしょ、セニョリータ?
- 女
- そこに落ちてた・・付けヒゲみたいな?
- 男
- ツ・ケ・ヒ・ゲ。ツケヒゲ?
- 女
- おもてなしみたいに言わないで下さい
- 男
- 付け髭なんかじゃあーりません!これはワタクシの正真正銘のヒ・ゲ!イッツ・マイ・ヒゲ!!
- 女
- スペイン語なんだか英語なんだか日本語なんだか
- 男
- ワタクシのヒゲは時々、迷子になるんです!
- 女
- ヒゲが・・迷子に?
- 男
- 話せば長くなりますが、このワタクシのヒゲは『浮かれたヒゲ』という魔法をかけられた
特別なヒゲなのです!
- 女
- 今7秒くらいで説明終わりましたけど
- 男
- ここからです!この『浮かれたヒゲ』は浮かないひとが付けると、
瞬時に浮かれた奴に変わってしまうというなんとも不思議な魔力を持っているのです。
イーッツァ、ファンタスティック!
- 女
- やっぱり付け髭じゃないの
- 男
- そのために、このヒゲはどうも浮かない人に吸い寄せられてしまう傾向にありまして!
つまりこのヒゲが向かう先にいる方こそが、
本日この場所この瞬間の<ベスト・オブ・浮かない>さんというわけです!!
- 女
- ぜんっぜん嬉しくない。しかもかなり眉唾ものだし。押し売りじゃないでしょうね
- 男
- ノ!そこまで言うなら仕方ありません。試しにワタクシのヒゲをとってごらんなさい!!
さぁ、早く!!ほら、ヘイ、カモーン!・・・・・・・まだ?
- 女
- ああ、もうわかりましたよ。とります。とればいいんでしょ、はい
- ポンッと音がし、おじさんからヒゲがとられる。
- 男
- ・・・
- 女
- あの・・もしもし?
- 男
- ・・ああ、俺なんて所詮、社会のゴミさ、ゴミくずさ。生きてたってなんにもいいことがない。
俺はちっぽけなアリだ、いや、アリ以下だ。
今すれ違った女子高生が俺を汚いものをみるような目つきでみていた。
ああ、今、歩道橋を上がろうとしているおばさんも、向こうの角を曲がったサラリーマンも
- 女
- ものすんごい鬱陶しい・・ああもう!
- 女はヒゲをおじさんに返す。
- 男
- ヘィ、セニョリータ!これで『浮かれたヒゲ』の魔力がわかったでしょう!?
- 女
- はいはい、わかったわかった
- 男
- 試しにあなたも
- 女
- え、やだ、いらないわよ。私、女だし、なんでヒゲなんか
- 男
- そうおっしゃらずに、ほらほら
- 女
- え、ちょ、ちょっと勝手にくっつけようとしないでくださいよ!ちょっと!!あ!!
- ポンッと音がし、女にヒゲがくっつく。
- 女
- あはははははっ!ちょっとみてよ、このストッキングの伝線!水玉模様みたいで可愛くない?!ん??水玉っていうかストライプ?ま、どっちでもいっか!もぅ、すぐ引っかけちゃうのよね!
私ってばお馬鹿さん!てへっ!ほらほら!ねぇねぇねぇねぇ!
- 男
- いたっ、痛い、背中。バンバン叩かないでください
- 女
- あはははははっ!ヒッゲー!!
- 男
- 随分、色々と溜め込んでたんですね・・はい
- おじさんが女についていたヒゲをとる。
- 女
- ・・・・・・あれ?今、私・・
- 男
- 『浮かれたヒゲ』の付け心地、いかがでしたかな、セニョリータ!!
- 女
- あ、なんか・・・今、ちょっとスッキリした、かも
- 男
- はーい、はいはいはい!笑ってスッキリ!それは良かった!!おや?・・・ん?
- 女
- ・・あれ?あなたのヒゲ!消えちゃった・・
- 男
- やれやれ、また迷子です。最近は浮かない顔をしたひとだらけで、
私のヒゲ、しょっちゅういなくなるんですよね
- 遠くで高らかに『ヒッゲー!』という声が聞こえる。
- 男
- ああ、あっちか。それでは失礼・・セニョリータ
- すっかり陽気でなくなった、ただの派手な服を着たおじさんは煙と共に消えてしまう。
- 女
- ・・どっちが迷子だか。あ、替えのストッキング買ってから会社戻んなきゃ
- 伸びをひとつすると再び歩き出す女性。その足取りは先ほどから比べると、なんとなく陽気である。
- END