- 男がゴミ袋を片手に、◯◯◯と向き合っている。
- 男
- すまない。本当にすまない
- ◯◯◯
- いいのよ。はじめから分かってたことだから
- 男
- 君は何も悪くない・・その、感謝してるよ
- ◯◯◯
- ええ。楽しかったわ
- 男
- この夏の君との想い出は決して忘れないよ。
いつだって君は家で文句も言わずに僕を待っていてくれたね
- ◯◯◯
- 帰ったらあなたは一番に私のところにとんで来てくれた。嬉しかったわ
- 男
- だって君が毎日優しく出迎えてくれるから
- ◯◯◯
- それはあなたが私を必要としているのが分かったから
- 男
- でも、もうそれも・・
- ◯◯◯
- いいの。分かってるわ
- 男
- すまない
- ◯◯◯
- ・・そのゴミ袋に私を詰め込むのね。そうでしょ?
- 男
- ああ。そのために今から君をバラバラにしなくちゃいけない
- ◯◯◯
- まるであなたの書くミステリー小説のようにね
- 男
- よく知ってるね。僕の書いてる小説の内容なんて
- ◯◯◯
- だってあなた、お仕事をするときはいつも私の傍にいたもの
- 男
- そうだった
- ◯◯◯
- あなた、髪に葉っぱが
- 男
- え?ああ、ゴミ袋を買いに行くのに銀杏並木を通ったんだ。ほら、そこの窓から見えるだろ
- ◯◯◯
- すっかり銀杏の葉も黄色くなってしまったわね
- 男
- つい最近まで蝉が鳴いてた気がするのにな
- ◯◯◯
- よく、夕暮れの蝉の鳴き声を BGMに、あなたの洗い立ての髪を乾かしてあげたわね
- 男
- これからは自分で乾かさなきゃいけないな
- ◯◯◯
- 出来るの?私がいないといつもほったらかしじゃない
- 男
- 出来る気はあんまりしないけど
- ◯◯◯
- 風邪引かないでね
- 男
- 君ってひとは・・最後まで優しいんだな
- ◯◯◯
- わざとよ。別れが辛くなるように
- 男
- 君には叶わないな。こんな時に、さらっと涼しくそんなことを言えるなんて
- ◯◯◯
- そういう性分なの
- 男
- 辛いよ。本当に
- ◯◯◯
- 最後にその言葉が聞けただけで充分よ
- 男
- じゃあ・・いいかい?
- ◯◯◯
- 待って
- 男
- なに?
- ◯◯◯
- また、逢えるかしら
- 男
- ああ、またきっと・・来年の夏に
- 掃除機をかける音がする。
- 女
- ちょっとあなた。早くそれ、片付けちゃってよ
- 男
- え?
- 女
- だから、扇風機!たたんで埃被らないようにゴミ袋に入れて、
納戸に持っていってって言ったでしょ
- 男
- はいはいっと
- 女
- はい、は一回でいいの
- 男
- 優しくないなぁ
- 女
- なんか言った?
- 男
- いいや
- 女
- ねぇ。新作、書けたの?
- 男
- いや、でも構想は出来てるよ。バラバラ殺人事件。夏の終わりに愛するひとを殺してしまうんだ
- 女
- ふーん。夏の終わりってもう秋じゃない
- 男
- まぁそうなんだけどさ
- 女
- また一番に読ませてね
- 男
- はいは・・へっくしょい
- 女
- あ!ちょっと風邪?やだもう、うつさないでよ
- 男
- 風邪じゃないよ。季節の変わり目だから・・って聞いてないし
- 女は既に掃除機がけに戻っている。
- 男
- ・・さてと、愛するひとのために扇風機を片付けるとしますかね」
- END