特撮ヒーロー番組のオープニングのような音楽が高まって突然、途切れる。
静寂。暗闇。水滴の音が断続的に響く。
少し、話してもいいかな?
彼女
今、忙しいんだけど
僕には他にやる事がないし
彼女
だから・・
それにここには君しかいないし。少しだよ。長い時間の中の、ほんの少し
彼女
・・どうぞ。そうね、時間なら、いくらでもある
くぐもった彼女の声は雷鳴のように暗闇を震わせる。
さっきうとうとしててさ、思いだしたんだ。思い出したっていうか、夢を見てたっていうか。
とにかく、子供の頃の事を
彼女
あなたが子供だった頃
うん。岩だらけの荒れ地にさ、小さな小さな僕と、父さんがいる。
彼女
想像してみる。小さな小さなあなたと、あなたのお父さん
父さんは大きくて強いんだ。僕は小さくて弱くて、岩を砕く事もできない
彼女
岩を?
トレーニングだよ。色んなトレーニングをしなくちゃいけないんだ。
砂漠を一人で走り抜けたり溶岩の中に飛び込んだり。父さんは父さんの父さんにそうやって鍛えられた。
だから父さんは僕を鍛える。強くなるために
地鳴りのような音。大きな波が押し寄せる。
うわっ、
彼女
あ、揺れたかしら
ちょっとね。ええと、そう、僕たちはずっとそうしてきたんだ。
強くなったら、大きくなったら、それぞれに旅立つ。知らない場所に行く。自分より弱い者たちのために働く
彼女
戦う、でしょ
だってそれしか教えてもらってないからね。僕はそのために育てられたし、そのために生まれたんだから
彼女
私は何も悪い事してないのに
ごめん。でもみんな困ってみたいだったし。ずいぶん踏みつぶしたでしょ?
彼女
卵を産みに行きたいだけなの。いつもの場所へ。どうしても街の中を通らなきゃならなかったの
どこか別の場所でさ
彼女
そういう訳にはいかないの。そう決まってるの。足が勝手に動くの。あなたと同じ。
私たちはずっとそうしてきたの
遠くで砲撃と怪獣の咆吼。爆発音
あ、また?
彼女
何もしてないってば。勝手にぶつかってきたの
あの生き物たちには無理なのになあ。僕にしか君は止められない
彼女
そうね
止められなかったけどね
彼女
・・なんか、ごめんなさい
いや、先に手を出したのは僕だし
彼女
しょうがなかったの。尻尾で叩いても火を吹いても、あなた道をあけてくれないから
だって君が歩けば街が壊れるでしょ
彼女
食べるしかなかったの
びっくりしたよ。君の牙が目の前に迫ってきてさ。気がついたら、ここにいた
彼女
びっくりしたのはこっち。お腹の中から声がするんだもの
不死身なんだ。噛み砕かれた体もあっという間に再生する。でも再生した体がどんどん君の胃液で溶かされる。
再生しては溶かされ再生しては溶かされ、いつまでたっても頭だけ
地鳴りのような音。大きな波が押し寄せる。
彼女
卵を産んで、海に帰って、いつか私も死んでしまう。そうしたらきっとあなたの体も元に戻るんじゃない?
そうだね。君の体を突き破って、きっと僕は卵から生まれた君の娘を
彼女
やめてって、お願いしても?
どうしようも、ないんだよ
彼女
でもその頃にはもう、あの小さな弱い生き物たちはいなくなってるかも。
そうなったらあなたには戦う理由はないんじゃないの?
まあそりゃそうだけど。君たちの寿命って、大体どれくらいなの?
彼女
わかんないけど、たぶん何万年とか?
ずいぶん先だね
彼女
ええ、ずいぶんと。だから、そう、まだ話し合う時間はある
どうせ僕にはそれしかできないし。・・ねえ、今度は君の話を聞かせてよ
彼女
私の?
時間は、あるんだからさ
遠くで砲撃と怪獣の咆吼。爆発音。
街を破壊しながら、おしゃべりは続く。
特撮ヒーロー番組のオープニングのような音楽が聞こえてくる。
おわり。