- 男
- これは僕がニューヨークで暮らしていた頃の話。
- 電車が動き出す音。
- 男
- あの日の夜、僕はソーホーで友人の出演するダンス公演を観た後、
グランドセントラルから北へ走る、ハドソンラインの電車に乗り込んだのだった。
- 女がやってくる。
- 女
- 隣、空いてる?
- 男
- はい。空いてますよ。どうぞ。
- 女
- ありがとう。
- 女は僕の隣に座る。
- 女
- どこまで乗るの?
- 男
- クロトンハーモンまで。
- 女
- 私、リバデール。学生?
- 男
- ええ。まぁ。
- 女
- 私も。あのさ、ペン持ってる?
- 男
- あ、はい。(鞄をあける音がして)どうぞ。
- 女
- ありがとう。
- 紙に鉛筆を走らせる音。
- 男
- 美大生なんですか?
- 女
- まあね。
- 男
- へぇ・・・何書いてるんですか?
- 女
- ん・・・あそこに座ってる人。
- 男
- え?
- 女
- ほら。2列目の通路側。
- 男
- ・・・誰もいませんけど。
- 女
- いるよ。君には見えてないだけで。
- 男
- ・・・何か見えるんですか。
- 女
- うん。でも死んでることに気がついてないみたい。家に帰るつもりなんだよ。
- 男
- へぇ・・・
- 女
- 私のライフワークなんだ。そういう人の顔を書くのが。
それで書き終えたらその人に渡すの。うまくいくとすぅっと消えていく。
- 男
- ・・・なんで死んでいるの気がつかないんですか?
- 女
- 理由はないよ。たぶんそういうもんなんだって。
いつの間にか生まれて、いつの間にか生きて、いつの間にか死んで。
いろんなことは気がつく前に始まってるし、いろんなことは気がつく前に終わってるの。
戦争とかもそうでしょ?
- 男
- 戦争?
- 女
- そう。今、戦争は始まってる?それとももう終わってる?あなたは生き延びましたか?
それとも流れ弾に当たって、手榴弾の爆発に巻き込まれて死にましたか?
- 男
- ・・・えっと。
- 女
- まぁいいや。
- 電車の止まる音。
- 女
- じゃあね。
- 男
- あ。
- 男
- そういうと女は車両から姿を消した。
彼女の座っていたシートには紙切れが裏返しで残されている。
僕は手に取りその絵を見る。
- 電車の走り出す音。
- 男
- そこに描かれていたのは虚ろな目をした僕の顔だった。
- 終わり