これは僕がニューヨークで暮らしていた頃の話。
電車が動き出す音。
あの日の夜、僕はソーホーで友人の出演するダンス公演を観た後、
グランドセントラルから北へ走る、ハドソンラインの電車に乗り込んだのだった。
女がやってくる。
隣、空いてる?
はい。空いてますよ。どうぞ。
ありがとう。
女は僕の隣に座る。
どこまで乗るの?
クロトンハーモンまで。
私、リバデール。学生?
ええ。まぁ。
私も。あのさ、ペン持ってる?
あ、はい。(鞄をあける音がして)どうぞ。 
ありがとう。
紙に鉛筆を走らせる音。
美大生なんですか?
まあね。
へぇ・・・何書いてるんですか?
ん・・・あそこに座ってる人。
え?
ほら。2列目の通路側。
・・・誰もいませんけど。
いるよ。君には見えてないだけで。
・・・何か見えるんですか。
うん。でも死んでることに気がついてないみたい。家に帰るつもりなんだよ。
へぇ・・・
私のライフワークなんだ。そういう人の顔を書くのが。
それで書き終えたらその人に渡すの。うまくいくとすぅっと消えていく。
・・・なんで死んでいるの気がつかないんですか?
理由はないよ。たぶんそういうもんなんだって。
いつの間にか生まれて、いつの間にか生きて、いつの間にか死んで。
いろんなことは気がつく前に始まってるし、いろんなことは気がつく前に終わってるの。
戦争とかもそうでしょ?
戦争?
そう。今、戦争は始まってる?それとももう終わってる?あなたは生き延びましたか?
それとも流れ弾に当たって、手榴弾の爆発に巻き込まれて死にましたか?
・・・えっと。
まぁいいや。
電車の止まる音。
じゃあね。
あ。
そういうと女は車両から姿を消した。
彼女の座っていたシートには紙切れが裏返しで残されている。
僕は手に取りその絵を見る。
電車の走り出す音。
そこに描かれていたのは虚ろな目をした僕の顔だった。
終わり