- 男
- 俺がコンセントの穴に隠れてもう一週間になる。なぜこんなことになってしまったのか。
- ネズミの唸り声がする。
- 男
- もう3日も何も食べていない。ここによじ登ってくる前、
机の上のポテトチップスの食べかすを食べたのが最後だ。
食べかすといっても今の俺には巨大な代物である。保存用に持ってきておくべきだったが、突然ネズミに襲われ命からがらコンセントの穴に逃げてきた次第。
- ネズミの唸り声がする。
- 男
- 机の上でネズミが俺を見はっている。出て行ったら俺は必ず食い殺されるだろう。
俺はここで餓死して死ぬのか・・・それとも。
- 突然女の声がする。
- 女
- 何を考えているの?
- 男
- え?・・・誰だ!?
- 女
- 誰だ?はないでしょ。もう忘れちゃったの?私よ。私。
- 男
- ちょっと待て。変な感じで声が聞こえて。
- 女
- 壁で声が反響してんのよ。あなたが逃げ込んだのはコンセントの右の穴。
私がいるのはコンセントの左の穴。
- 男
- おい。もしかしておまえか?おまえの身体も小さくなっちまったのか?
- 女
- おまえって誰?
- 男
- おまえはおまえだよ。直子。そうなんだろう?
- 女
- 私、直子じゃないわ。
- 男
- え?でも俺が知ってる女といったら直子ぐらいで・・・
- 女
- ああ。直子っていうのは奥さんのこと?
- 男
- ちょっと待て。直子じゃないならお前は誰だ?俺はおまえのことを知ってるんだろ?
- 女
- 思い出せないならもういいわ。別に私が誰だって今のあなたには関係のないことだもの。
だってあなたはもうすぐ死ぬんだし。
- 男
- ・・・死ぬ?俺が?
- 女
- ねずみに食い殺されるか、そのコンセントの奥へ進んで・・・ねぇ?
- 男
- おい。ここから逃げ出す方法はないのか?
- 女
- これは罰なのよ。あなたが直子さんにしたことに対するね。
- 男
- ・・・おい。おまえ、本当に誰なんだ?いったい何を知っている?
- 女
- さて。私、そろそろ出かけないと。今日は人生で最も私が輝ける日なの。
- ファンファーレが鳴り響く。
- 男
- そう言うと女はコンセントから飛び出し机に降り立った。俺は心底驚いた。
女は花嫁姿である。顔はヴェールに包まれまったく見えない。
女は悠然とネズミと向かい合い、そしてキスをした。
いつの間にか彼らを取り囲んでいる参列者から祝福の声が降り注がれる。
勢いよく空を舞うブーケ。
ブーケは彼らの頭上を越えて俺の隠れるコンセントの穴に綺麗に落ちてくる。
ブーケに挟み込まれていたのは一枚の写真。
そこにはかつて幸せだった頃の俺と直子が写っている・・・
- 女
- みなさーん。今日のお料理は特別ですよー
- 幸福な雰囲気の中、電気が流れ音がして・・・
- 終わり。