- 女
- 「苦しまないで」
- 男
- と、彼女は言った。そんなにぼくの顔は苦痛に満ちてるんだろうか?
- 女
- 「ほら、眉間に、こんなに深くみぞが出来てる」
- 男
- 彼女の白い指が、ぼくのおでこをそっとなぜる
- 女
- 「こんなに。気付いてないの?」
- 男
- いつも、知らず知らずのうちに、彼女の前では感情を表に出してしまう
- 女
- 「(ため息)やっぱり、苦しいのね」
- 男
- そうやって、ぼくの心のうちを見透かされるのが、少し苦手だ
- 女
- 「あなたのせいじゃ、ないの」
- 男
- 分かってる
- 女
- 「私の問題だから」
- 男
- それも分かってる。言い返したい気持ちが先行して、
口は反対に固く閉ざされてしまう
- 女
- 「そろそろ時間だわ」
- 男
- まだ、あと15分もあるじゃないか。なんでも早め早めに行動する彼女。
ぼくはいつもおいてけぼりを食う
- 女
- 「さみしくなるわ」
- 男
- 思ってもないくせに
- 女
- 「今でも、時折かんがえるの。あなたのこと、ああしてやれば、
こうしてやればよかったって・・・・」
- 男
- 言い訳は聞きたくない。いくらでもチャンスはあったはずだ。
その度にぼくは、扉のかげでじっと耐えて来たんだ
- 女
- 「出会いたての頃、あなたのことしか考えてなかった」
- 男
- ぼくもだ。あんなに大勢の中から、ぼくを選び出してくれたなんて、
今でも奇跡だとしか思えない。
だからこそ、こんなカタチで別れるのがつらいんだ
- 女
- 「もう一度、やり直せるかしら・・・」
- 男
- 当たり前じゃないか。僕たち二人に終わりなんてない。
いつでも夜が明けるように、いつでも新しくやり直せるんだ
- 女
- 「やせたあなたの顔も、いいわね」
- 男
- 君のために、水分のとりすぎを控えたんだ。
それに、この皺だって、とってもダンディ・・・
- 女
- 「無理、だわ」
- 男
- なぜ
- 女
- 「もう、これ以上、苦しむあなたの姿を見たくないのよ」
- 男
- 苦しんでなんかいやしない
- 女
- 「お願い。私まで苦しませないで」
- 男
- 違う。お互いにその苦しみを分かち合うんだ。
分けあってこそ、求めあってこその愛じゃないか。
- ゴミ収集車の音が聞こえる。
- 女
- あ、来ちゃった!やっぱり駄目ね、このナスビ。
干涸びちゃって、しわっしわ。
もっと早く麻婆ナスかなんかにしてあげればよかったなー
- 男
- ぼくの話をきいてくれ!
- 女
- ずぼらな私でごめんね
- 男
- わーーー!
- 女
- 捨てちゃお!ポイ
- 女、ナスビをゴミ袋にいれ、しばる。
- 男
- うぐぐう!うぐぐう!
- 女
- (女、ドアを開け)ちょっと待ってくださーい!ゴミ出しまーす!
- 男
- うぐぐう!やめてーーーー!
- (了)