「苦しまないで」
と、彼女は言った。そんなにぼくの顔は苦痛に満ちてるんだろうか?
「ほら、眉間に、こんなに深くみぞが出来てる」
彼女の白い指が、ぼくのおでこをそっとなぜる
「こんなに。気付いてないの?」
いつも、知らず知らずのうちに、彼女の前では感情を表に出してしまう
「(ため息)やっぱり、苦しいのね」
そうやって、ぼくの心のうちを見透かされるのが、少し苦手だ
「あなたのせいじゃ、ないの」
分かってる
「私の問題だから」
それも分かってる。言い返したい気持ちが先行して、
口は反対に固く閉ざされてしまう
「そろそろ時間だわ」
まだ、あと15分もあるじゃないか。なんでも早め早めに行動する彼女。
ぼくはいつもおいてけぼりを食う
「さみしくなるわ」
思ってもないくせに
「今でも、時折かんがえるの。あなたのこと、ああしてやれば、
こうしてやればよかったって・・・・」
言い訳は聞きたくない。いくらでもチャンスはあったはずだ。
その度にぼくは、扉のかげでじっと耐えて来たんだ
「出会いたての頃、あなたのことしか考えてなかった」
ぼくもだ。あんなに大勢の中から、ぼくを選び出してくれたなんて、
今でも奇跡だとしか思えない。
だからこそ、こんなカタチで別れるのがつらいんだ
「もう一度、やり直せるかしら・・・」
当たり前じゃないか。僕たち二人に終わりなんてない。
いつでも夜が明けるように、いつでも新しくやり直せるんだ
「やせたあなたの顔も、いいわね」
君のために、水分のとりすぎを控えたんだ。
それに、この皺だって、とってもダンディ・・・
「無理、だわ」
なぜ
「もう、これ以上、苦しむあなたの姿を見たくないのよ」
苦しんでなんかいやしない
「お願い。私まで苦しませないで」
違う。お互いにその苦しみを分かち合うんだ。
分けあってこそ、求めあってこその愛じゃないか。
ゴミ収集車の音が聞こえる。
あ、来ちゃった!やっぱり駄目ね、このナスビ。
干涸びちゃって、しわっしわ。
もっと早く麻婆ナスかなんかにしてあげればよかったなー
ぼくの話をきいてくれ!
ずぼらな私でごめんね
わーーー!
捨てちゃお!ポイ
女、ナスビをゴミ袋にいれ、しばる。
うぐぐう!うぐぐう!
(女、ドアを開け)ちょっと待ってくださーい!ゴミ出しまーす!
うぐぐう!やめてーーーー!
(了)