- 遠くから足音が近付いてきて、ガチャっと自転車のロックを外す音。
荷物をかごに投げ入れて、自転車のスタンド蹴りあげる。
- 女
- よいしょっと。
- ゆっくりと自転車を漕ぎだす。
- 女
- ん?
- 自転車、ピタリと止まる。
- 男
- うーん・・・うーん・・・・・。
- 女
- ・・・・・あの。
- 男
- ちょっと待って、今・・・・大事なところだから!
うーん・・・・・うーん・・・・。
- 女
- あの・・・・。
- 男
- もう・・・・今、いいとこだったのに!
- 女
- ええっ。
- 男
- 気を取り直して・・・・・もう一回・・・・・・・。
- 女
- あの・・・お取り込み中のとこ、すっごく申し訳ないんですけど。
通してもらえないですか・・・・・そこ。
- 男
- えっ・・・・・どうして、こんなに頑張ってるのに。
- 女
- だって、あなたがそこ塞いでるから、降りれないんですけど。
- 男
- 違うルートで降りてもらえないかなあ。
- 女
- 違うルートって・・・・後は階段しかないんですけど・・・・。
- 男
- ああ・・・だよねえ。
- 女
- 階段道、自転車で降りて行きたくないんですよね・・・
ちょっと通してもらってもいいでしょ。
- 男
- (渋々と)じゃあ・・・・どうぞ。
- 女
- どうも・・・・・。
- 男
- ちょっと待って!
- 女
- 何ですか・・・・・。
- 男
- 君、自転車に乗ったまんま・・・・ここ降りてくの!?
- 女
- それが、何か?
- 男
- 危ないじゃない・・・・細い坂道だよ、自転車のタイヤの幅しかないようなところを、
押さずに乗って降りちゃうの!?危ないよ・・・・うん、危ないって。
- 女
- いつも、そうしてますけど。
- 男
- ホントに!?
- 女
- (面倒くさそうに)ええ。
- 男
- すごいなあ・・・・・いや、でもここに自転車は押して降りるように・・・って書いてるじゃない。
- 女
- そうだけど・・・・・って、あなたも・・・・自転車乗ったまんま
降りようとしてるじゃないですか、さっきから。全然出来ないみたいですけど。
- 男
- え・・・・わかる?
- 女
- はい。
- 男
- 君・・・・怖くないの?
- 女
- えっ・・・・・・もう慣れっこですから、怖くはないです、はい。
- 男
- うう・・・・・。
- 女
- やってみたら?
- 男
- ええっ・・・・・・。
- 女
- まあ・・・・・・乗ったまんま降りなくても、大丈夫じゃないですか。
何も変わりませんし、ね。
- 男
- いや、それがダメなんだよ。
- 女
- えっ。
- 男
- なんか、毎日毎日・・・・同じことの繰り返しで馴れてきて、
何か新しいことやってみたいなって思っても・・・・・
急に思い切ったこと出来ないじゃない。
怖いし・・・・だから、すっごく小さなこと・・・・思い切ってやってみたいなって。
- 女
- だから・・・・・この坂道?
- 男
- まあね・・・・・変だよね。
- 女
- まあ・・・ちょっとは・・・でも全然大丈夫です。
私も、ちょっとその気持ちわかります。
- 男
- えっ。
- 女
- あの頃・・・・・そんな気持ちでね、この坂道を思い切って降りてったんです・・・・・
だから、なんとなくわかります。
- 男
- あの・・・・邪魔しといてあれだけど、お手本で先に降りて見せてくれる?
で・・・・こんなこと頼めるあれじゃないんだけど、
僕がこの坂道を降りるの見ててもらえないかな・・・・・
今だったら出来そうな気がするから。上手く言えないんだけど・・・・・。
- 女
- うん、いいですよ・・・・・いきますよ。
- 坂道を自転車に乗ったまま降りていく。
- 男
- わー、すごい!
- 女
- (遠くから)今ですよ、この感じで待ってますから!
- 男
- うん・・・・・よしっ。
- 自転車で下まで降りていく。
拍手で迎えてくれる女。
2人思わず笑みが溢れる。
- おわり。