- 男が足湯に入り雪山の景色を楽しんでいる。
- 男
- あー、あったかい。足湯に入りながらの雪景色、これぞ日本の冬だねぇー
- 知らぬ間に白い和服姿の女性が足湯の傍に立っている。
- 女
- なんで皆さん、お湯につかると『あー』って言うんですかね
- 男
- わぁぁぁぁ!びっくりしたなぁもう!なに?旅館の方?
- 女
- 雪女です
- 男
- は?
- 女
- あ、これ名刺
- 男
- あ、どうも。(受け取る)うわ、冷たっ。名刺ってこれ氷で出来てるじゃないですか
- 女
- お手製です
- 男
- あ、なんか彫ってある。ゆ・・き・・おんな。雪女?!
- 女
- 時代はかわりました
- 男
- あのー本当に雪女・・
- 女
- すべては寒波のせいなんです
- 男
- 確かに今年は異常気象ですけど、で、雪女って・・
- 女
- ついになってしまったんです。女性によくあるっていう、あれに。
まさか、まさか雪女であるこの私がと思ったんですが
- 男
- あの話がさっぱり・・
- 女
- 冷え性に!
- しばしの無言。お湯の流れる音だけが聞こえる。
- 男
- 雪女が冷え性。斬新なキャラクター設定ですね。
あ、町おこしの PR活動かなんかですか。それにしても変わってる
- 女
- 昔の寒さとは比べ物になんないです、この寒さ!末端冷え性の辛さ、分かります?
足がもう冷たくて冷たくて、足袋の3枚履きなんて当たり前、それでも全然駄目なんです
- 男
- そんなことを力説されても、僕、末端冷え性じゃないし
- 女
- 私の顔、どう思います
- 男
- なんですかいきなり。ええっと・・まぁ日本人らしいお顔だちといいますか、その
- 女
- 憧れます。ぱっちり二重
- 男
- はぁ
- 女
- 流行んないです。こんな一重に、下膨れ
- 男
- いや、そんなことは
- 女
- でも、昔はこれで美しい、美しいと持て囃されたんですよ・・これも時代です
- 男
- この話はどこへいくんですか?
- 女
- 要するに、私の時代は終わったんです。雪女イコール美人という図式から私を見ても、
雪女だ!と誰も気づいてはくれず、オリジナル名刺をつくってみたりと努力もしてきました。
昔は良かった。雪女と聞くだけで畏れてくれました。人を驚かすのが物の怪の生き甲斐なんです。
でも今のご時世、 TVから出てくる幽霊にゾンビ映画、誰も雪女になんて驚かない
- 男
- あの、そろそろ足がふやけるんで出たいんですが
- 女
- で、思ったんですよ。もう、この世から、さよならしようって
- 男
- 早まらないでくださいね。僕、久しぶりにとれた休暇なんで、事件とか巻き込まれたくないですし
- 女
- 最後に・・・あったまりたい
- 男
- あ、どうぞどうぞ。足湯にでも入ったら心も安らいで馬鹿なこと考えないですみますよ、きっと。ほら、どうぞ
- 女
- いいんですか?じゃあ失礼して。よいしょ、よいしょ(もたもた足袋を脱ぐ)
- 男
- なにやってるんですか?
- 女
- なんせ足袋3枚履きですから脱ぐのに時間が・・あ、脱げました。では
- ひと呼吸し、意を決して女は足を湯につける。ちゃぽんという音が響く。
- 女
- あー
- 男
- あ、ほら。でちゃうでしょ、声
- 女
- 本当ですね。湯に入りながらの雪景色、これぞ日本の冬ですね・・
- 男
- お、おい。どうしたんですか?おーい!
- 最後のほうは声が聞こえなくなり、女は湯のなかに溶けて消えてしまう。
- 男
- ・・消えた。もしかして本物の・・?!
- 男は雪女の「あー」という声が聞こえた気がする。
- END