- 男
- (心の声)・・・いや、気のせいだ。俺の偽装は完璧なはずだ。
サラリーマンに化けていることも、ましてや、住所までバレるはずがない。
俺は一流のスパイなんだ。
しかし、押し入れの二重扉が開けられた形跡があるのはどうしてだ・・・・
- フライパンで卵を焼く音。雀の鳴く声。
- 嫁
- あなた
- 男
- な、なに?
- 嫁
- もうすぐ卵焼きできるからね
- 男
- ああ、ありがとう
- 嫁
- それと、昨日、書斎の押し入れ整理しといたから
- 男
- (心の声)ヨシコだったのか・・。まて、二重扉の鍵は開いていたんだぞ・・・
- 嫁
- たまには自分でやってよ、子供じゃないんだから
- 男
- なあ
- 嫁
- ん?
- 男
- どこまで整理したんだ?
- 嫁
- 奥までよ
- 男
- (心の声)なんだ、その意味深な返答は!奥までって、どこまでなんだ?
まさか・・・
- 嫁
- 塩こしょう、塩こしょう
- 男
- 好きだよ
- 嫁
- 何よ、急に
- 男
- お前の顔見てたら、言いたくなって
- 嫁
- 私もあなたのこと大好きよ
- 男
- (心の声)そうだ。嘘だらけの俺の生活の中で、ヨシコとの愛だけは本物なんだ
- 嫁
- 大好きだけど、隠し事はいけないなあ
- 男
- え?
- 嫁
- 押し入れの中にあんなもの隠してるなんて
- 男
- (心の声)しまった!ヨシコの右手はもうエプロンのポケットのなかだ!
対する俺は右手にマーガリンをすくったナイフ、左手に食パン。
俺のナイフが早いか、ヨシコの銃が早いか・・・。
- 嫁
- ここからなにがでてくるでしょう?
- 男
- や、やめてくれ!
- 嫁
- あー、やっぱりあせってるー
- 男
- 俺をもてあそぶな!
- 嫁
- おこっちゃって可愛いー
- 男
- くそう!もう、好きにしろ!愛する女に殺されるなら本望だ!
- 嫁
- じゃーん
- 男
- ひい!
- 嫁
- これ、高かったでしょう
- 男
- と、時計・・・
- 嫁
- また私に内緒で買い物したな。クッキー缶の中で見つけたよ
- 男
- ははは、なんだよ・・
- 嫁
- なんだよじゃないでしょ。罰としてディナーおごってよね
- 男
- オッケー。黙ってて、ごめん
- 嫁
- 目玉焼き、できたよ。さっさと食べて、稼いで来てちょうだい!
- 男
- おう!いただきます!
- 男
- (心の声。目玉焼き食べながら)ふーーー!びっくりしたあ。
やっぱりヨシコはヨシコだ。疑ったりした俺が馬鹿だったよ。
きっと俺が鍵を閉め忘れたんだ。どうも最近、気が緩んでるな。
ヨシコとの生活に馴れ過ぎ・・うぐ、うぐぐぐ!
- 嫁
- どうかしら、目玉焼きのお味は?
- 男
- ぐふうう!
- 嫁
- あーら、残しちゃだめじゃない、ダーリン
- 男
- ヨ、ヨシコ・・・
- 嫁
- ナスターシャと呼んで
- 男
- ぐうう!
- 嫁
- まだ朝だけど、約束のディナーに連れてってもらおうかしら。
私、いいとこ知ってるの、美味しいウオッカとピロシキのお店。
お代は暗号文の解読で結構よ
- 男
- うぐぐうう!
- (了)