- 男
- 車を運転している人はわかると思う。道路にたまに落ちているあれ、何なんだろう。
- 車が停まる音がする。
- 男
- 俺はそれをわざわざ拾って持ち帰った。どうしても気になったのだ。
- 女の子
- お父さん。
- 男
- 夜、寝ていると隣で女の子が眠っている。
- 女の子
- お父さん。起きてる?
- 男
- ・・・・なんだ、おまえか。
- 女の子
- 眠れないの。
- 男
- 黙ってりゃあ何時の間にか眠ってるよ。
- 女の子
- 手、握って。
- 男
- え?
- 女の子
- いいから。
- 男は女の手を握る。
- 女の子
- 明日、楽しみだね。
- 男
- うん。ペンギン、見るぞ。
- 女の子
- いるかな。
- 男
- ペンギンのいない水族館はないだろう。
- 女の子
- もしかしたら全員風邪をひいてるかもしれない。
- 男
- ペンギンは風邪なんかひかないよ。
- 女の子
- 行くときに、風邪薬、買って行こうよ。
- 男
- 好きにしなよ。
- 女の子
- 明日行く水族館、広い?
- 男
- うん。日本で一番広いって。クジラも2頭いる。
- 女の子
- 迷子ならない?
- 男
- おまえなら、なるかもな。
- 女の子
- 手、離さないでね。
- 朝がやってくる。
- 男
- 目が覚めると俺は、昨日拾った手袋を握っていた。とても小さな手袋だった。
俺はポケットに手袋を入れて、車に乗り、水族館へ向かった。
俺は悲しくなるといつも水族館に行く。
- 誰かの泣き声がする。
- 男
- どうしたの?
- 女の子
- お父さんとはぐれちゃったの。お父さん、知らない?
- 男
- わかった。一緒に探してあげよう。ほら。手をつないで。こっちだよ。
- 車の音がする。
- 男
- 俺にもね。娘がいたんだ。君にそっくりの。
とてもペンギンの好きな子だった。
- 女の子
- その子はどこにいるの?
- 男
- たぶん、遠いところ。
- 女の子
- ・・・ねぇ。お父さんはどこ?
- 男
- 教えてほしい?
- 女の子
- どこにいるの。
- 男
- じゃあ代わりに君のつけてる手袋、片方でいいからくれないかな?
- 女の子
- あげたら教えてくれる?
- 男
- おしえてあげる。
- 男
- 俺は車のサイドウィンドウを下げると、
彼女にもらった小さな手袋を道路に捨てた。
- 女の子
- ねぇ。お父さんはどこ?
- 男
- きっと見つけてくれるよ。
- 終わり