- 私
- 残業で遅くなって帰宅を急いでいると、アパートの入り口に鬼がいた・・・
わ、鬼だ。どうしよ。あれじゃ帰れないよ・・・
とにかく、無視して通り 過ぎちゃお・・・うわ、金棒とか持ってるし・・・
- 鬼
- おい
- 私
- え?
- 鬼
- お前だ
- 私
- 私?
- 鬼
- そうだ。ちょっと、死んでくれないか?
- 私
- ええ!いや、ちょっと、無理です・・・
- 鬼
- 頼むよ
- 私
- 頼まれても無理です
- 鬼
- 実はさあ、お盆のバカンスで地獄から来たんだけど、
帰れなくなっちゃって。
明日には閻魔様の裁判所に出勤しないとまずいんだわ。
俺、こう見えても公務員なんだよね
- 私
- 知りませんよ、そんなの
- 鬼
- なあ、頼むよ。死んだ人間の魂に乗っからないと地獄に帰れないんだわ。
だから、死んで
- 私
- なんで私なんですか
- 鬼
- お前、俺が見えんだろ。なかなか居ねえのよ、そんなやつ。
- 私
- あの、とにかく、私、ほんとに無理ですから。
見たいドラマがあるから失礼し・・・
- 鬼、金棒を地面に叩き付ける。
- 私
- きゃ!
- 鬼
- これ、使いたくないんだよね、出来れば。トゲトゲ痛いから
- 私
- なに、脅してんですか?
- 鬼
- 脅しってゆうか、自分で楽に死んでくれた方が
こっちも良心が痛まないってゆうか・・・
- 私
- じゅうぶん脅してるし!
- 鬼
- 有給も明日で切れるから、ほんと、まずいの
- 私
- 仮病つかって休めばいいじゃないですか
- 鬼
- あのね、閻魔様に嘘つくなんて、砂漠で米粒探すより難しいの。
それにね、職務規程でわれわれ鬼が嘘なんかつくと、一発でクビ
- 私
- なればいいじゃないですか
- 鬼
- なら、明日からの生活どうすんの?
地獄の一丁目に買った新築のローンどうすんの?
日曜に彼女と行く三途の川くだりツアーのデート代どうすんの?
お前が責任とってくれんの?
- 私
- じゃあ、私の生きるはずだった時間、どう責任とってくれるんですか!?
- 鬼
- 大丈夫。天国に行けるよう手配してあげるから。
そしたら時間なんて無限大のインフィニティ
- 私
- 私は死にません!
- またもや、金棒で地面を叩く音。
屋台のチャルメラの音がする。
- 私
- ラーメン、二つね
- 鬼
- あ、一つ、チャーシュー抜きで
- 私
- 肉、ダメなの?
- 鬼
- 地獄で働いてるとさ、肉なんか食えなくなるのよ。
例えば、針山地獄なんて・・・
- 私
- 分かった。もういい。それ以上いわないで
- 鬼
- ほんとにこのラーメン食ったら死んでくれんの?
- 私
- もう、腹くくったわ、私
- 鬼
- ありがとね、ほんと。しかも、ラーメンまでおごってもらっちゃって
- 私
- なんならおかわりしてもいいわよ
- 鬼
- いいねえ
- 私
- お酒のんだっていいわよ
- 鬼
- お、はなせるね。おやじ、そこの鬼殺し、なみなみ一杯!
- 私
- なにさ、鬼のくせに一杯だなんて。一升いっときなさいよ
- 鬼
- いいのかよ。無理すんなよ
- 私
- どうせ死ぬんだからお金なんてパーッと使わなきゃ。ほれ、いっき!
- 鬼
- それじゃあ、お言葉に甘えて。よいしょ!
- 鬼、一升瓶を一気飲み。
遠くでチャルメラの音。
- 鬼
- (べろべろに酔っぱらっている)・・・だからよ、
なんで、同期ばっかり出世してよ、この俺はヒラどまりなんだよ
- 私
- ほらほら、分かったから。そんなとこに座りこまないで
- 鬼
- うるせい!お前に宮仕えの苦しみが分かってたまるか!
もっと酒もってこい!なんか、楽しいことやれ!
- 私
- はいはい、じゃあ、ゲームしよ
- 鬼
- おう!ゲーム大好きだぞ
- 私
- ピザって十回いって
- 鬼
- ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ
- 私
- では、ここはなんでしょう?
- 鬼
- ひざ
- 私
- ぶー。正解はヒジでした
- 鬼
- あー、なんだよ、そうだよ、ここはヒジだよ
- 私
- 嘘ついたね
- 鬼
- え?
- 私
- ヒジのことひざって言ったね
- 鬼
- (酔いが一気に冷めて)いや、それは、間違いで・・・
- 私
- 嘘ついたから、クビだね
- 鬼
- その、あの、ちくしょう!だまされたんだ!この野郎!
- 私
- なら閻魔様の前でいいなよ、人間の女に酒飲まされてだまされましたって
- 鬼
- いえるか、そんなこと!
- 私
- じゃあ、嘘ついたらいいじゃん
- 鬼
- ますます言えるか!どうすんだおれー(泣き出す)
- 私
- もう一年、次のお盆まで待ってんのね
- 鬼
- ぎゃはははは
- 私
- なんなの、急に!
- 鬼
- こいつ、来年のこといいやがった!
- 了