- バスが走ってきて、プシューと音を立てて扉が開く音。
そして、走り去って行くと同時にセミの鳴き声が聞こえてくる。ジジジジ。
- 男
- 暑いなあ・・・・・。
(電話をかけて)もしもし・・・・・俺・・・・・うん、今着いたとこ。
何処って・・・・バス停・・・タクシーとか全然見当たらなくってさあ。
うん・・・・・悪いなあ、助かる・・・・・。
え・・・ああ、暑いからなあ、どっか日陰で待っとく、じゃあ。
(電話を終えて)って・・・・ここ何にもないんだけどな。
- ジジジジ。
- 男
- (溜息を付いて)しょうがない・・・・・蝉と一緒に待ちますか。
(座って)よっこいしょっと・・・・・しかし、暑いなあ・・・あの時と一緒だな。
- 突然、セミの鳴き声が止む。
- 少女
- サトルくん・・・・サトルくん。
- 男
- ・・・・・え?
- 少女
- 間に合って良かった・・・・・ちゃんと待っててくれたんだね。
- 男
- なんだか、すごい荷物だね・・・。
- 少女
- うん・・・・ティッシュとハンカチと、お菓子にトランプも持ってきたもん。
あった・・・(飲んで)はー、生き返るってこういうこというなのね、きっと。
- 男
- まるで、遠足みたいだね。
- 少女
- 遠足じゃないわよ・・・・・家出よ。
- 男
- 家出・・・・・行くとこあるの?
- 少女
- あるわよ・・・・一緒に、連れて行ってもらおうと思って。
- 男
- 一緒にって・・・・・ひょっとして・・・・・。
- 少女
- そう、サトルくんに!
- 男
- ええっ!?
- 少女
- サトルくん、引越しちゃうんでしょ・・・あたしも連れてってもらおうかと思って。
- 男
- こ・・・・困るよ。
- 少女
- (遮るように)お願い、連れてって!
- 男
- だって・・・・遊びに行く訳じゃないし・・・・
別に行きたくて行くわけじゃないよ・・・・・。
- 少女
- だよね・・・・ごめんね・・・・・・・お母さんと喧嘩しちゃったんだ。
- 男
- そっか・・・・・今頃、お母さん心配してるんじゃない?
- 少女
- 帰りたくないなあ・・・・・。
- 男
- でも・・・・。
- 少女
- それにね・・・・家出するの・・・・喧嘩だけが理由じゃないんだ。
- 男
- 何?
- 少女
- 私・・・・・サトルくんのこと・・・・・。
- 遮るように、母親の声が聞こえる。
- 母親
- マリ・・・・・・ここにいたの、心配したんだから!
- 少女
- お母さん・・・・・ごめんなさい。
- 母親
- もう、皆・・・・心配して探してるんだから、帰るわよ。
- 少女
- でも・・・・。
- 母親
- 早く帰らないと、おじいちゃんもおばあちゃんも心配してるんだから。
- 少女
- 分かった・・・・サトルくん、手紙書いてね、待ってるから。
- 男
- うん・・・・・。
- いつしかセミの鳴き声。ジジジジ。
- 男
- でも・・・・・結局、手紙・・・・・書かなかったんだよなあ。
- 車のクラクション音。
- 女
- サトルくん。
- 男
- え?
- 女
- やっぱり、サトルくん・・・・・・久しぶり元気だった?
- 男
- マリ・・・・ちゃん?
- 女
- そう、覚えててくれたんだ。
- 男
- うん・・・・・でも、どうして?
- 女
- みんな、同窓会の準備忙しいみたいだから、お迎え立候補したの。
- 男
- ありがとう・・・またお母さんと喧嘩して、家出してきたのかと思った。
- 女
- (笑いながら)もう、まだ覚えてたの・・・・・懐かしい。
- 男
- あのさ・・・あの時、言いかけたことって何だったの?
- 女
- え?
- 男
- 家出の理由・・・・・喧嘩だけじゃないとかって・・・・。
- 女
- さあ・・・・・なんだったけ・・・忘れちゃった。
- 男
- ええ・・・・・なんだよそれ。
- 女
- いいじゃない忘れたんだから・・・・早く乗らないと置いてくわよ。
- 男
- ちょっと待ってよ。
- 2人のやりとりを、楽しむかのように蝉の鳴き声が大きくなっていく。
ジジジジ。
- おわり